─── いよいよ14年ぶりとなるフルオリジナルアルバム「One Night」本日発売です。本当におめでとうございます。そして、待ち遠しかったファンの方も多いことでしょう。今週で5回目を迎えるロングインタビュー、ちょうどこのインタビューが更新される頃、ニューアルバムを聴かれている方もいらっしゃるのではないでしょうか。3週にわたってアルバム収録曲順にお話を伺ってまいりましたが、今週は残りの3曲についてお願いします。
織田 了解しました。それにしても本当にお待たせしました(苦笑)。最新アルバム「One Night」楽しんでやってください。

─── 2003年にミニアルバムとして発表された時との違いを教えて下さい。
織田 一番わかりやすいところから言うと、ベースが替わっています。前のバージョンの時は自分で弾いていました。フレットレスベースだったんだけど、今回は元BAJIの田村くんに弾いてもらっています。田村くんには「melodies」でもKinKi-Kidsに提供した「Anniversary」をセルフカバーした時に弾いてもらっています。自分で弾いた時より、ゆったりした感じが出たかな。
─── その他にはどうですか?
織田 トラックダウンの方向性がだいぶ変わったので、味わいの微妙な変化を楽しんでみて下さい。
─── トラックダウンではどういう作業をするのでしょうか?
織田 録音した様々な楽器の音、ボーカル(歌)の音質やバランスを整えることと、どの音を大きく出すとか逆に出さないとか、どういうイメージでまとめるか? その最終的な構築作業、調整作業がトラックダウンです。
─── そのあとにマスタリングがあると…。
織田 そう、トラックダウンで仕上げたものをCD化するに当たり、最終調整するのがマスタリングです。でもこの最終微調整が本当にあなどれないんですよ。以前自分のDIARYでも書いた記憶があるけれど、お化粧にたとえると、ファンデーションでベースを作るのがトラックダウンだとすると、その後、女性はいろいろとやるでしょ、人前に出る時は…。最終微調整を(笑)その微妙な違いが大切なんです。
─── なるほど、そのたとえでよくわかりました。微調整ひとつで別人に変わりますものね(笑)それでは歌詞についてもお話を聞かせて下さい。
織田 ちょうどこの曲を制作している頃、9.11テロ事件やその後のイラク戦争の泥沼化の時期と重なっていてね。歌詞を書き上げる過程で、その影響があったと思います。9.11、あの凄惨な事件は当時自分のDIARYにも書いた記憶があるけれど、今後の世界情勢が大きく変わっていくきっかけになるだろう、と感じました。
─── いまもなおイラク情勢は安定していませんし…、事態はより複雑な方向に…。
織田 そう、どこまで続くのか、この憎しみの連鎖は…。ますます事態は複雑になっているような気がするね。ふぅ〜、ホント、ため息しか出ない。「どうしようもないな、人間って」と絶望したくもなる。もともと正義や真理も、立場や見方を変えればまったく異なるのが人間社会というものでしょう…。しかもその正義や真理を思い求めることに絶対的な「幸福」を見出すのも人間だし。さらにそこに利益を求め、同時に「幸せ」も追求する…。厄介なことにこれもまた「人間」。だけど自分の正義、自分の真理を「絶対」的なものだとして、それを押し付けることが、これまでどれほど多くの凄惨な事件、戦争を引き起こしてきたか? そして、それがどれほど多くの人々の深い悲しみ、不幸を生んできたか…どうしてきちんと事実として自覚できないのか? 自分の所属する集団の「利益」のためなら、人は何でもやってしまう…。そういう「業」からはなかなか逃れられない。でも、それが人間というものだ、と諦めてしまうのは辛すぎる。
 ─── 9.11の事件当時織田さんはDIARYで「自分の信じる正義や真理を薦めるのはともかく、押し付けるのはやめようよ」とおっしゃっていましたね。
織田 まず個人のレベルで、せめてそれくらいしか出来ないよね。自分が絶対正しいなんていう奴がいたら、そんな人間は信用しない方がいい。忘れてはいけないことは戦争や事件の被害者、加害者になる可能性は誰にでもあるということ。誰でもその当事者になったら、評論家みたいなことは言っていられなくなる。人間としての「正しさ」なんて、俺には分からない。それでも気の遠くなるような地道さが必要かもしれないけれど、自分に何か出来ることはあるのか? そんなことを言う資格が俺にあるのか?それでもどこかに希望はないのか? そんないろいろな葛藤があって、最後はもう祈るしかないと…本当に祈るしかないと…。 そんな心境から歌詞を書き始めたのがこの「祈り」という曲です。
─── ベストセラーになった「バカの壁」などの著書でおなじみの養老孟司さんも「テロや戦争がなくならないのは一元論にある」と著書で語られています。その養老さんの言葉にも通じるお話ですね。
織田 確かに。また「超バカの壁」も読んで、養老さんの言葉にうれしくなるくらい共感できました。もし機会があれば一度お会いして、お話してみたいですね。
─── 日本人の心をとらえ続けるベストセラー作家対談、実現したら面白そうですね。
織田 人前でやるより、ひっそりとお会いして、お話した方が楽しいかな(笑)
─── それでは「真夜中の虹」のお話に移りましょう。

─── スペインで強盗に襲われた衝撃的な事件の後、声が変わってしまった。声が変わった後、はじめてシングルで発表された曲が「真夜中の虹」でした。
織田 この曲はね、実は一時期このアルバムから排除され掛かっていてね(笑) 例の事件後、この曲を作っていた頃というのはリハビリをしながらも、また酒浸りの生活に戻ってしまっていて、実は夢も希望もない状態だった。救いようのない暗さだったね。声が変わってしまった自分にも慣れていないし、実際に声も出ない。やがて何とかダメながらも歌えるようになった。シングルで発表した時は、いろいろな意味でダメダメな中で、それでも妙な情念がこもっている歌唱だったと思います。
─── 今回のアルバムではトラックダウンをやり直したということですが、歌は入れ替えたのでしょうか?
織田 今回のアルバム制作の過程で、毎年ずっとライブをやっていた事もあり、声変わり後の声にも当時より慣れてうまく歌えるようにもなってきた。ところが何度「真夜中の虹」を歌い直してみても、シングルで発表したあの時の強い情念のこもった歌唱に勝てないんですよ。結局歌は当時歌ったままのものです。ここまで救いようのない暗さや情念がこもっているこの曲も、俺が生きてきたこの10年あまりの歴史のひとつだし、やっぱりアルバムには入れておかなければいけないと最終的に思った。そういうことなんです。
─── 以前織田さんが「その時にしか歌えない歌がある」とおっしゃっていました。
織田 うーん、その時にはそうとしか歌えなかった。あの時の情念がこもった歌にどうしても勝てない。それも俺にとっては意義深いことなんです。
─── 「禍福はあざなえる縄の如し」ここまでお話を伺ってきて、そんな言葉が浮かんできました。
織田 そうね。あの事件がきっかけで自分を見つめ直すことが出来た。鬱や酒浸り、救いようの無い絶望感、いろいろな時があって、今の前向きでPOPな心境にもなった自分があるわけだし。そうやって、俺のその時、「現在(いま)」を切り取って、アルバムに収める。禍福はあざなえる縄の如し、だね。そして最後の「明日へ」は夜明けを感じさせる曲、という流れになっていくわけです。

織田 「真夜中の虹」は夜明け前が一番暗く、そして寒い…。そういう時期に作っていた曲だとすると、この「明日へ」は夜明けをしっかり感じさせる曲に意識して仕上げたし、そういう曲を最後に入れたかったんだよね。実際に去年(2006年)からはっきりと心身のバランス、健康状態も良くなってきたし。
─── 音楽的な工夫について教えて下さい。
織田 パッと聴いてみると、ポップな感じに聴こえるでしょう? ところがコード進行はあまりポップじゃない(笑)。そういう意味では「青空」にも近いんだけれどね。POPSでは最近あまり使われないコード進行だし、メジャーかマイナーかもよく分からない。その割にはポップに聴こえるでしょう。 まあ、この辺が複雑だけれど、メジャーでもない、マイナーでもないゼロポイントでのPOPS、温度が上がりきらない部分もあるかな。スッキリ爽やかというわけではない(苦笑)。ラストがビブラフォンのソロで終るところなんて、一筋縄ではないし(笑)。これがギターソロだったら、だいぶ熱くなったかもしれないけれど…。
─── 実に味わい深いクールなエンディングかなぁと思いますが…。
織田 そういう意味では全てが禍福はあざなえる縄の如し…そういう感じが出ているかな。深い絶望があり、それでもかすかな希望も見えてきたり、曲想もクールな感じ、ちょっと熱い感じもあったり、メジャー、マイナー、いろいろな要素が入り乱れ、まさにあざなえる縄の如く…そんな感じがするよね。
─── 新しいアルバムに関して、本当にたくさんの深いお話をありがとうございます。このインタビューも来週からは後半戦。織田さんの「人となり」についてお話を伺う新しい企画でお願いします。
織田 こちらこそ、よろしく。いやぁ〜、それにしてもよく喋ったね。それでは皆さん、また来週(笑)。
─── 次週5月30日(水)夜、更新予定です。装いも新たにお届けします。どうぞご期待下さい。
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