
─── 4週目に入りましたロングインタビュー。早速アルバム「One Night」の5曲目に収録された「インソムニア」からお話をお聞かせ下さい。文字通り「不眠症」ということになりますが…。織田さん、自らこの曲の聴きどころを解説していただけますか?
織田 俺のアコギ(笑)。前にも答えたけれど、こういうアコギ弾きは最近あまりいないですね。良い生楽器、特に良いアコースティック・ギター、ガットギターの奏でる「音」「唄」には年々厳しく、こだわるようになっています。どう弾いたら、どういう音が出る…ということには随分うるさくなったなぁ。特に最近「自分はどういう音楽が好きか」をかなり深く掘り下げて考えていたからね。なおさら奏でる音にはシビアになってきていて、自分の望む音を徹底的に突き詰めてみたのがこのアルバムです。そういう意味ではこの曲もそのひとつだといえるでしょう。
─── 今回のアルバムも全体に感じますが、「アコギがとにかくカッコイイ」。繰り返し申し上げることになりますが、全国のアコースティック・ギター好きの音楽ファンには必聴のアルバムではないかと。最近、長年の夢が叶って、MARTINのD−41を購入した私の友人が前作「melodies」を聴いて、「織田さんの指弾きの音は深いねぇ! しかも美しい! 感動したぞ。早く新作を聴かせろ」とひたすら私にせがむのです。友人にはあと一週間待ってもらいますが(笑)。
織田 いやぁ、それは有り難いことです(笑)。アコギが好きな人は年齢を問わず多いし、ジャカジャカと、かき鳴らすというだけでなく、指弾きの味を堪能していただければと思います。織田哲郎の音楽を知らない人にも、特にアコースティック・ギターが好きな人たちに、「これはこれで聴いてみるのも楽しいよ」ってね。
─── 深い夜の海の底で…、織田さんの美しいアコースティック・ギターの音色と指弾きを楽しませていただきます。
織田 ゆっくり味わってみてください(笑)。それと鬱からくる睡眠障害を経験した方にはなかなか染み入る歌詞でないかと思いますよ。

─── 遠い日の恋を思い返す…。枯淡の境地のようにもみえますが…。どうなんでしょう、この曲の主人公は?
織田 終っているよね、「最後の恋」だよ(爆笑)。まあ、そんな事言っていて、すぐに次の恋を見つけるかもしれないよ、この主人公も(笑)。そう気楽に考えた方がイイかもしれない(笑)。
─── 過ぎた恋への執着。心の中に忘れない人がいる。枯れつつそんな思いにとらわれる男のせつない「味」を絶妙に表現している曲ですね。織田さん、男の情けないナイーブな部分を表現させると、実は天下一品の味わいがあると密かに思っておりましたが…(笑)
織田 そうそう(笑)情けない男の情けない味わいというものを堪能していただければ…。前にも言ったけど「この子、何とかしてあげなきゃ」って、母性本能をくすぐるのが俺の「得意技」??(爆笑)
─── テクですか、織田さん。参りました(笑)。
織田 いや、 根っからダメな男でございますよ、どうもすみません(爆笑)。
─── 音楽の話で言うと、織田さんのピアノ、グロッケンの音、弦一徹ストリングスの味わいも深く、洋楽の普遍的なエッセンスが随所に散りばめられた美しいメロディーもこの曲の魅力です。
織田 そのあたりはこだわりもあるし、この曲は確かに完成度の高い美しいメロディーだなと思います。

─── これまでの流れとは一転、この曲は詞やメロディーも明るさが際立ちます。この曲は最近出来たものですか?
織田 曲は22歳で書いています。22歳の自分が作った曲に40代の自分が詞を付けたということになります。この歌詞は一晩でスラスラっと書き上げたけれど、実はこれも一筋縄ではないなあ(笑)。よく聴いてみると、歌詞のなかに「華やかな残像に乾杯」とあるでしょう。能天気なようでいて、このフレーズが象徴しているように、この歌の主人公は没頭しているわけではなく、どこか醒めつつみている夢という感じを表していると…。
─── 20歳代の織田さんから40代後半のご自身へ渡された手紙のようですね。ところで織田さんはどういう若者だったのでしょうか?
織田 昔から溢れんばかりの若さやハツラツとしたところがなかったなあ(笑)。振り返ってみると、お祭り騒ぎのような賑やかな中にいても、どこか冷静な自分というのはいつもいたような気がします。熱血漢ではないし。周囲から熱い部分を望まれていると思っていた時期もあったので、無理して熱いフリをしなくちゃいけないと思っていたけれど、一所懸命熱いフリをするのはもう止めようと思ってね。素直になろうって(笑)。
─── 日本の古い言葉でいうと「時の氏神様」に出会ったとでも言いましょうか…。27年の熟成を経て、出来上がった曲。貴腐ワインのような物語です。
織田 そういう自分自身の葛藤というと大袈裟かもしれないけれど、長い時間を経て、出来上がった曲なので、華やかで賑やかな曲想、アレンジではあるけれど、どこか静かで落ち着いた部分もあって、そういった気分の配合が気に入っています。

─── この曲はTBS系列で放送された東芝日曜劇場「サラリーマン金太郎2」の主題歌としてシングルで発表された曲でもあります。その制作当時は織田さんにとって、一番辛い時期であったと…。
織田 う〜ん、そうね。あの頃のバージョンを聴くと、作っていた当時の記憶が鮮明によみがえるので、たしかに辛いね。歌詞の中に「確かなキズナひとつあれば…」というフレーズがあるけれど、そう言わなくちゃいけないほど、世間とのキズナ感がものすごく無くなって、周囲との絆も希薄に感じていた。いろいろなことに、そして自分自身についても全部、いい加減うんざりしていたからね。思い出すのも辛い。酒量も増え、それでも仕事に追われていたし、心身共に健康な状態とはほど遠かった時期だね。あんまりいろいろ思い出すのでシングルで発表したバージョンは最近まで実は聴かずにいたんですよ。そういう自分の状態であったにも関わらず、「サラリーマン金太郎」の前向きさ加減を表現しなくてはならないという命題もあって、結果不思議なバランスの曲に仕上がったね。
─── カラカラに乾き切った精神状態のなかで、でも織田さんが作り上げたメロディーはこんなにも美しい…。そのメロディーを今回のアルバムでは静かなサウンドで深みのあるアレンジによって、また新しい輝きが吹き込まれた感じがします。先週の諦念についてのお話にも繋がりますが、諦念を理解した上でまた歩き出した大人の味わい深さを感じます。
織田 うん。そうだね。今回のアルバムバージョンではそういう昔の自分自身を乗り越えた後に、新しくそして静かに生まれ変ったという意義は自分にとっても深いかな。きちんと諦めた後に出来たものとしてね。音楽的にも単純にキレイなメロディーを活かしてあげたいなと思っていました。チェロとイングリッシュホルンを使って、メロディーをキレイに引き立てることが出来たのではないかと。リスナーの皆さんにはそのあたりを素直にエンジョイしてもらえればと思います。

─── 実はこの曲も20代に作られた曲だということですが…。
織田 23歳ですね。歌詞は20代で書いたものとは♪Sunrise Sunsetというフレーズ以外全部変わっています。20数年の時を越えて歌詞に深みが出たね。俳句みたいでしょう。
─── 20代で書いた詞はどういう感じでしたか?
織田 当時から老け込んだ詞を書いていましたよ(笑)。でも今ほどの深みはないね。「真夏の夜の甘い夢」とこの曲「Sunrise Sunset」は、ある意味20代前半の自分と40代後半の自分とのコラボってことになるかな。そう考えると面白いよね。
─── 20代の自分とのコラボレーション。イイですねぇ。時空を超えて出会う20代の自分。う〜ん、僕の場合、人間の種類が変わってしまったので、コラボしませんね。困ったことに(笑)。
織田 ハハハハ(爆笑)そうか、人間の種類が変わっちゃたかぁ(笑)。まあ、そういう意味では23歳の自分とコラボ出来る俺はハッピーだと思うよ。
─── うらやましい限りです。僕の場合、23歳当時を振り返ると、自分自身を持て余していて、うまくそういう自分とも折り合いも付けられず…、いま出会っても仲良くなれるかどうか(笑)。相容れない部分が多すぎて、大変です。
織田 まあ、人間としては当時の俺もまったく使い物にならなかったけどね(爆笑)。でも作っていた音楽にはいいところあったよ(笑)。「Sunrise Sunset」にしても、ほとんどあの頃の自分が作ったものだけれど、時間を超えて、当時の自分から45歳の自分にポンと渡されて、ちょこちょことメロディーを直したり、詞を完成させていったり、そう考えると音楽だからこそ出来る面白い作業なのかもしれないね。
─── 他の表現芸術ではなかなかお目にかかれないことかもしれません。
織田 音楽の場合、20代で発表した曲を長い時間を経て、アレンジを変えて録り直すということはしばしば見かけるけどね。矢沢永吉さんもキャロルの頃の「ファンキー・モンキー・ベイビー」を大人になって録り直しているでしょう。
─── 実は僕、あの再録音大好きなんですよ。大人になるってカッコイイことだと教えていただいたような気がします。見事に体現されていますよね。YAZAWAさんは。
織田 たしかに永ちゃんは「大人になることはカッコイイことだ」ってことを体現してくれているよね。
─── 織田さんもどうですか? カッコイイ大人の代表として・・・。
織田 まあ、俺の場合はカッコイイと言われるよりは、年下の女の子にもカワイイって言われたいな(爆笑) 女性って年下でもお母さんな部分(母性)があるでしょう。そういう部分をくすぐる情けない男でいたいな(笑)。他人から頼られるなんて面倒くさくていけねぇや(笑)。
─── かくいう織田さんは人一倍責任感の強い大人の矜持を保った方ですし…。話をもとに戻すと、20代でほぼ完成形にあったとはいえ、未発表の曲を作り直して完成させて、今回のアルバムで発表する二曲。こういうことは珍しいのでは?
織田 あまりそういう話は聞かないね。俺も今までした事ないですよ。
─── この曲も織田さん一流のアコースティック・ギターの魅力に溢れています。
織田 自分で冷静に分析してみると、ポール・サイモンやジェームス・テイラーが好きだという感じがよく出ているなぁと思うな。
─── そうこうしているうちに今週もそろそろ時間となりました。残る3曲のお話は来週にしましょう。次週5月23日(水)いよいよ「One Night」が発売されます。それでは来週もよろしくお願いします。
織田 こちらこそ、よろしく。
─── 次週「One Night」発売当日5月23日(水)夜、更新予定です。どうぞお楽しみに。
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