─── 3週目に突入しました「THE LONG INTERVIEW」。今週もよろしくお願いします。近年音楽業界も大きな変革期を迎えています。特にリスナーをめぐる環境の変化、音楽を消費するスタイルが激変しています。一曲単位で購入するいわゆる音楽配信(ダウンロード・ビジネス)が急速に発展してきました。とはいえ、私もそうですがCDを購入して、アルバムの曲順について、アーティストの考えに思いをめぐらせる楽しみもあります。そこで、ニューアルバム「One Night」の曲順にならって、お話を聞かせて下さい。
織田 了解です。 まあ、音楽の流通について、3〜4年前に考えていたのは、インターネットから音楽をダウンロードして購入するという流れに勢いが付いて、1曲単位で購入する人がもっと急速に増えていくような気がしていました。当時考えていたほどには変化していないかな。リスナーの視点に立てば、確かに意識や消費スタイルは、本当に多様化していますね。
─── 今回のアルバム「One Night」もさまざまな流通形態を通して、リスナーに届けられます。
織田 音楽の作り手として思うことは、リスナーの皆さんには自由なスタイルで楽しんで欲しい。こういう聴き方が正しいとか、こういう風なイメージで捉えて欲しいというようなことを強制するつもりはありません。
 ─── ipodなど携帯オーディオプレイヤーの爆発的なヒットもありましたが、やはりこれだけの良質な音楽は高級オーディオで楽しみたいという思いはあります。やっぱり実際に音を聴いてみると、断然音が違います。
織田 (笑)消費者の音楽に対する意識も多様化しているので、音質の良いオーディオ装置で聴くという趣味の世界も、それはそれでまだまだ深化していくでしょう。やり方次第でアルバムをCDやDVDという記録メディアでの作品として発表し、パッケージ化して商品として流通させる…というビジネスにも可能性はまだまだあると考えています。もちろんそのためには送り手である我々も、魅力ある作品(商品)を作っていかなければいけませんが…。
─── 幅広い楽想をお持ちの織田さんには特に期待しています。それでは早速一曲目「もう少しがんばってみよう」について、お話を聞かせて下さい。

─── いつ頃出来た曲ですか?
織田 このアルバムに収録された曲のなかでは比較的最近(笑)、2005年くらいに出来た曲です。いまこうして振り返ってみると、この10年くらい、本当にいろいろなことがあって、多くの困難、そして災難にもあった。心身のバランスを崩すこともあったし、正直しんどいことも多かった。うーん、そうねぇ。うまくは言えないけれど、この曲について自己分析してみると、何とか昨年の夏くらいから、上がったり、下がったりの周期、その「波」を克服して、自分自身のコンディションも上向いてきた感じがメロディーにも現れているかな。そこに素直な詞が乗ったと…。そういうこれまでの自分の流れに合った、この曲が数百曲あるストックのなかから、晴れて今回のアルバムの一曲目に収まることになったという感じでしょうか。
─── 上り坂、下り坂、まさか…いろいろな坂があって、雌伏の時を乗り越えた深い大人の味わいを感じます。名曲です。
織田 ある意味、同世代へのメッセージ・ソング(応援歌)でもあるし、ちょっと元気をなくしている人の心にしっかり届いて欲しい曲ですね。
─── あわせて音楽的なこともお聞きしたのですが、ギターの指弾きの感じがとてもスマートで、しかも洗練されていて、「これぞ、まさに大人の音楽」という感想です。本当にゆったりとした気分で心地よく聴かせていただいております。
織田 実は僕のような指弾きをするギターリストって、あんまり多くないですね。楽器そのものやいわゆる「技」にはあまりこだわりはないけれど、奏でる「音」には本当にこだわっています。そのあたりを聴いて、じっくりと味わってみてください。

─── つづいて1998年シングルでも発表された「青空」のことをお伺いします。まず今回のアルバムではアレンジも大きく変わって、弦や管楽器のアレンジがとても魅力的ですね。
織田 この詞はイカしてる(笑)。我ながら前向きなのか、後ろ向きなのか良く分からない(笑)。ストレートな明るさや素直に前向きさ加減を表現しているわけでもないし(笑)。メロディーにしても、メジャーなのか、マイナーなのか、これもまた良く分からない。サビもあまり分かりやすくない…。ポイントが分かりにくい。そんな分かりにくいこの曲も明快じゃないなりのPOPSとして実によく出来ていると思うよ(爆笑)。でもね、実はこういう曲の完成度を高めていくにはとても構築力が必要なんですよ。
─── なるほど、そうなのですね。個人的な話で恐縮ですが、シングルでの発表当時「孤独なんて人の基本さ」というフレーズに重点的に感動しておりました。その辺の諦念を十分に理解した上で「歩いていこう、青空の下で」…いやぁ、本当に素晴らしい詞です。その頃、この曲を聴いて心の底から元気とパワーが出てきたのを思い出します。
織田 諦念って、実はとても大事でね。「きっちりと諦める」ということも、逆説的な言い方にはなるけれど、幸せになるためにはもっとも必要なことかもしれないなって思いますよ。「欲」や「上昇志向」は一時確実にパワーになるけれど、それが必ずしも幸せにつながっていくとは限らない。
─── 日本人は「分をわきまえる」ことや「足るを知る」という先人たちのことわざ、ある種の諦念を大切にしてきました。際限のない欲望や上昇志向に支配されていたり、権威や権力の傘の下で傲慢になっている時の人間って、頑迷さのせいでしょうか、鈍感になったり、幼稚であったり、なぜか不思議と下卑て見えますしね。
織田 いろいろなことに鈍感になってしまう気持ちもわからないではないけれど…。どんなことにも物事にはきちんと限度、限界があるし…。その辺の見極めは大事かな、と。
─── 自戒も込めていうと、ものづくりをしている人は鈍感になったら、おしまいのような気もします。
織田 自覚ないくらい鈍感になるとやばいよね(笑)。「ものづくり」は元々しんどいものだし、とても地味な作業ですよね。限界までやってみると、諦念というのも大切だということがよく見えてくるんじゃないかな。そこで諦めるべきことはきっちりと諦める。突き詰める余地のあるものは突き詰める。その見極め自体がいい加減であったり、適当に投げ出したりはしないという前提の上での話しだけれど…。そして、そこからまた歩き出す…。
─── 限界まで徹底的に頑張ってみる。そして「きっちりと諦める」ところからまた始めてみる…実に含蓄のある言葉です。織田さんのおっしゃる意味をこうしてじっくりかみ締めてみると、ふっと肩の力が抜けて、気分も楽になります。織田さん流にいうと、脳の中に「ハッピー物質」が多く分泌されるような…。
織田 ストレス物質のためすぎはいけません(笑)「ハッピー物質」出していこうよ。

─── これも5〜6年前に出来た曲ですか?
織田 そう、どんどん曲作りを進めていた5〜6年前にこの曲もほぼ今の形に到達しました。実は制作の過程では頭の中にずぅ〜っと白髪のおじいちゃんとおばあちゃんの絵があってね。二人が一緒に旅に出て、おじいちゃんがおばあちゃんを大切に慈しんでいる…そういう姿って粋な感じがするでしょ。もちろん、白髪の老夫婦にイメージを限定しないように詞は書いたので、いろいろな年齢の人が自由に想像を膨らませてほしいと思います。
─── 年齢を重ねることが素敵だと、この曲を聴いて素直に感じます。こんな心境で穏やかな時間を夫婦でゆっくり味わえたら、最高です。ほんとうに「絵」が浮かびやすい…。加えて、音楽も弦のアレンジ、ギターソロ、サックスの響き、どれも洗練の極みとでもいうような完成度とドラマ性を味わえます。
織田 いろいろなイメージを膨らませて、自己投影して味わってもらえれば、作り手としてはうれしいですね。
─── 具体的にどこか海辺の街を思い浮かべましたか?
織田 そうね、イギリスのブライトンっていう海辺の避暑地を思い浮かべていたなぁ。あそこがとても好きでね。あの街を歩いているおじいちゃん、おばあちゃんが実に粋な雰囲気を醸し出しているのよ。
─── 織田さんの公式サイト[Lounge]にも掲載されている2001年にご自身で描かれた絵画「ブライトン」。あの海辺の光景ですね。
織田 そうそう、海辺の街で、英国では有名な避暑地なんだけど、ちょっと寂れた感じもしてね。イギリスの避暑地って、全体的にそう言えるのかもしれないけれど、カーッと照りつける日差しというのがあまりなくて、どちらかというと日向ぼっこって言う方がイメージかな。しかも人で溢れ返っているわけでもない。かといって寂れすぎてもいない。その辺の絶妙なバランスというか、落ち着いた感じがあるイイ街です。実はこの曲の仮タイトルも最初は「ブライトン サンセット」でした。
─── 今回のアルバムに収録される候補になった30曲くらいのなかで、この曲を選ばれたのはいつ頃ですか?
織田 そういう意味で言うとね。候補となった30曲くらいのなかで、最初からこのアルバムのラインナップに入っていた唯一の曲かな。とにかくいろいろな曲が出たり入ったりしながら、それでも「瞳閉じれば〜Let's dance〜」だけが唯一不動の位置を占めていたことになります。あとの曲はひょっとするとまったく違ったラインナップになっていた可能性もあります(笑)。まあ、でもアルバムの色合いはどの候補曲が入っても、あまり変わらなかったと思いますが…。
─── ということはまだまだアルバムは作れそうですね。
織田 そう、すぐにでも作り始めたいと思っています(笑)。

─── この曲は上品で、しかも艶のある詞、曲、アレンジですね。軽い緊張感のある大人の二人、深い夜の黙(しじま)が浮かんできますが…
織田 変な言い方だけど、「エロい」曲を入れたかったのよ。まともに口説ける曲をね(爆笑)。何だかほかの曲は枯れて、終っている男が多いでしょ(笑)。この辺できれいごと言いながら口説く感じが欲しいなと…(笑)。
─── やっぱり恋愛はきれいごと言って、口説かなくちゃ、下卑ていけません(笑)。どんなダメ男くんでも口説く時はきれいごと言いますからね(笑)。
織田 そうそう、きれいごとは基本だよね、とりあえずそこから始めないと…(爆笑)。まあ、そういう意味でメロディーもアレンジもエロくないふりをしたエロさというか(笑)しっとりといい感じに仕上がったと思うよ。
─── クリスマスの時期や透明な空気の夜に流れていると、この適度な夜の緊張感、艶っぽさがリビドーを刺激して、たまらない感じがします。
織田 ハハハ、いろいろイメージ膨らますねぇ(笑)。いろいろな映像、状況を思い浮かべて、堪能してください(笑)。
─── 今宵もそろそろ時間となりました。では来週は5曲目「インソムニア」からまた「夜」の深いお話を伺っていけたらと思います。よろしくお願いします。
織田 こちらこそ、よろしく。
─── 次回は5月16日(水)夜、更新予定です。どうぞお楽しみに!
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