特集
「成功するインド株」
著者 高橋正樹氏 特別インタビュー
 今週から二週にわたって、インド株と中国株を比較することで見えて来る「インドと中国の株価形成の違い」についてお話を伺います。担当の個人的な感想で恐縮ですが、この連載を通じ、普段接することの少ない敏腕ストラテジストのリアルな考え方に触れ、大変貴重な解説、また示唆に富んだお話をうかがっているということに改めて気が付きました。たとえば本当に株式投資で成功する秘訣は「株価を形成する要因、その理由を探ることに手間暇を掛けること」と私は理解するようになりました。簡単ではありませんが、これは面白い。数多くのこの連載読者の皆さんはいかがでしょうか?さあ、今週も切れ味鋭い高橋さんの解説をお楽しみ下さい。
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第11回 インド株と中国株はどちらがお買い得?---インドと中国の株価形成の違い −その1−

この間、もっと株のことを勉強しようと思って、本屋さんでマネー誌を立ち読みしたんですけど、高橋さん、最近本当に露出が増えましたよね。
高橋 えっ、露出ですか? いやー、私、そういう趣味はないんですけど…。
そっちの露出じゃありませんって! メディアに登場される機会が増えたってことですよ。
高橋 なんだ、そういうことですか。ああ、ビックリした。いきなり何を言い出すのかと思って焦りましたよ(汗)。
この連載に真面目に取り組んでいるんですから...、変な方向には行きませんよ、もう(笑)。
高橋 そりゃそうですよね、ハハハ…。確かに最近、インド株や中国株に関する取材は増えましたよ。
それだけ「超大国の成長市場」への関心が高まっているってことですね。
高橋 そうかもしれません。それと、私が以前から申し上げている、中国とインドを比較して理解するという考え方もだいぶ根付いてきているように思います。(編集部注:第4回「超大国成長市場、インドと中国‐‐投資先としての魅力を教えて下さい」をご覧ください)
それで私なりに勉強して思ったのですが、インドと中国とでは経済成長モデルは似ていても、社会主義国家の中国と、資本主義的な性格と社会主義的な性格をあわせ持った混合経済体制のインドを比べると、かなり違いがあるような気がしています。もっと言うと長く英国の統治下にあり、収益を追求した事業を展開する財閥系企業が存在するインドの企業と独特の商習慣や考え方がある中国企業を比較すると、個々の企業レベルに大きな差があるのではないでしょうか?(編集部注:第2回「インド株って何?」をご覧ください)
高橋 よく理解しているじゃないですか。その通りです。『成功するインド株』にも書きましたが、インドには魅力のある優れた企業がたくさんあるんです。インド株の主要な株価指数のセンセックス指数(BSE30センシティブ株価指数:BSE=ムンバイ証券取引所)に組み入れられている企業の場合、ROE(自己資本利益率)が平均で25%もあります。
難しい株式用語が出てきましたね。「ROE」とはどういうものか、わかりやすく教えていただけませんか?
高橋 はい。ROEは、その企業にとって返済する必要のない、株主などから預かったおカネを元手に、どれだけ利益を上げられたかを表す指標です。簡単に言うと、どのくらい稼ぐ力があるかを表す指標ですね。これが高いほど効率的な経営ができていると言えます。ファンダメンタルズに注目する投資家にとっては、必須の投資尺度でもあります。
へぇ、そうなんですか。ちなみに、日本企業の平均はどのくらいなんですか?
高橋 日本企業の場合、優良大型株の平均で10%弱程度だと言われています。
インドには日本より、稼ぐ力のある企業がたくさんあるってことですね。
高橋 そうとも言えますね。あくまでも自己資本の大きさに対しての収益力ですが、株式の世界では重視されています。もちろんこの指標だけで企業のすべてを評価できるわけではありませんよ。
はい、頑張って勉強します。そこで中国の企業の場合はどうなんですか?
高橋 中国企業のROEを説明する前に、中国の株式市場について簡単に説明しておいたほうがいいかもしれません。まず中国株の場合、中国国内に上場する人民元建てのA株というものがあります。さらに外国人投資家も売買できるB株(上海市場上場株は米ドル建て、深圳(シンセン)市場上場株は香港ドル建て)があります。そして世界的に見ても、自由度が高く国際化されている香港市場に上場するH株(中国企業の香港上場株)とレッドチップス(中国資本の香港企業)、香港の地場企業の株(その他香港株)があります。この中で外国人投資家が“超大国の成長国”としての中国に投資をする際の対象とするのは「H株」と「レッドチップス」となります。
なんだか複雑ですね。よく整理して理解しないと難しいような気がします...。
高橋 そうかもしれませんね。詳しいことは、『成功するインド株』をお読みいただければと思います。さて、中国株を代表する株価指数としては、中国を代表する国有企業が多く上場するH株の指数(ハンセンH株指数)があげられます。H株指数には、2005年11月現在40銘柄が採用されています。そのROEの平均が約20%です。
同じ「超大国の成長市場」だとはいっても、財閥が育っているインドと社会主義市場経済の中国とでは、企業の収益力に差があるんですね。
センセックス指数とH株指数の比較
  センセックス
指数
H株
指数
PER(株価収益率) 約15倍 約10倍
PBR(株価純資産倍率) 約4倍 約2倍
ROE(自己資本利益率) 約25% 約20%
推定配当性向 約30% 約45%
配当利回り 約1.7% 約4.5%
予想増益率 約15% 約20%
高橋 そうなんですよ。
収益力の差は、株価にも影響するものなのですか?
高橋 いいところに気がつきましたね。そこがポイントなんです。株式投資を行う際の尺度になる株価指標と呼ばれるものがあるんですよ。その株価指標のひとつにPER(株価収益率)があります。これは収益(利益)の何倍まで株が買われているか、言い換えると利益の何倍の株価がついているかを表すものです。H株指数のPERは10倍であるのに対し、センセックス指数のPERは15倍です。
つまりインド株の方が、今期、稼ぎ出す利益に対して、高い株価がついているということですか?
高橋 はい、その通りです。
ということは、インド株の方が割高ってことですよね?
高橋 足下の企業収益に対しては、インド株の方が株価が高いとも言えます。株価は目先の企業収益だけでなく、その企業の将来性、成長性、市場動向などさまざまな理由があって形成されてゆきます。その理由を探ること...そこに手間、ヒマを掛けることこそが、株式投資で成功するための秘訣です。
なるほど、勉強になります。将来どのくらい成長するかというポテンシャルも考慮して、株価が形成されるということですね。
高橋 そういうことです。
でも、成長性ってどうやって判断するんですか?
高橋 これから企業が事業を展開していく潜在的な力とシナリオを予想するんです。そのヒントとなるのがROEです。企業は自社が保有する様々な資産を使って利益を稼ぎ出すわけですが、自己資本に対して、どの程度の稼ぐ力があるのかを表すものがROEでしたね。このROEは、売り上げの伸びやマージン率、費用(コスト)、新規の投資などに影響されます。それを踏まえたうえで、まず現在の収益性を理解し、これからの展開力を考えていくわけです。
ROEはインド株が25%で、中国株が20%でしたね。要するに、インド株の方が将来の成長性への期待が高いために、たくさんの人が買いたがり、株価が高くなるということですか?
高橋 そうとも言えます。だからと言って、中国に成長性がないわけじゃありません。ただ、中国には中国ならではの事情と言うか、特徴があります。
特徴ですか?そこが中国企業を理解する時に難しいところだと思っていました。是非詳しく教えて下さい。
高橋 はい。実は、中国はある意味で、地方分権がとても進んだ国です。悪い言い方をすると、各地方政府に自分たちの権益を守りたがる傾向が強いとも言えます。そのため、すごく儲かっている企業があったとしても、隣の省に進出して、ビジネスの場を広げるということがかなり難しい。なぜかと言うと、儲かる事業があると省の下にある各市政府が「あんなに儲かるなら、ウチの市でもあの事業をやろう」と取り組むため、各省各市ごとに同業他社が存在する傾向があるからです。2003年に中国でSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行りましたよね。その後、中国全土で「儲かりそうだ」と思われる事業をする企業が雨後の竹の子のようにできたのもそのためです。結果として経済が過熱しすぎて、2004年には是正策として、引き締め政策が打ち出されています。
つまり中国の企業はスケールメリットが得にくいということですか?
高橋 その通りです。利益を新規進出のための設備投資にまわす必要はありませんから、必然的に配当にまわす割合が大きくなります。そのうえ、企業の大株主である地方政府が、利益を配当のかたちで自分たちに還元させたがる傾向も強くなっています。おかげで、H株指数採用銘柄の平均配当性向は45%もあります。
配当性向って、利益の中からどれだけ配当の支払いに充てたかを表す数字ですよね?
高橋 そのとおり!正解です。近頃では、中国政府もスケールメリットを活かして、競争力をつける高収益企業を作るべく業界再編の青写真を描き始めています。そのために、まずは本土株市場(A株、B株市場)の改革を行うようです。一方、インドには、中国のような他の地域への参入障壁はありません。ということは当然スケールメリットも得やすいので、利益は優先的に新規進出などの設備投資へまわされることになります。そういった理由から、センセックス指数採用銘柄の平均配当性向は30%程度と中国株と比べると低めです。それでも日本企業に比べれば、はるかに高いですよ。
 一投資家としては、配当がたくさんもらえるのはうれしいとは思いますが、ライバル企業がたくさんあって、将来の成長性に疑問を感じてしまう企業というのは、ちょっと投資にためらいを感じますね。むしろ、新たな事業展開のための投資に積極的なインド企業の株を買いたがる投資家が大勢いるということや、それにつられてインド企業の株価が高くなるのもわかる気がします。
超大国成長市場の自動車株高橋 今おっしゃったことを如実に表しているのが、自動車会社です。左のグラフは、インドを代表するタタ財閥の自動車会社のタタ・モータースと、中国でも人気の高いアコードを生産するホンダと広州市との合弁会社(広州ホンダ)を傘下に持つデンウエイ・モータースの株価を比較したものです。というわけで、次回はこの2社を比較しながら、さらに詳しく株価形成のお話をしていきますね。
えっ、今日はもう終わりってことですか?
高橋 ええ、最近、えらく疲れやすいんですよね。働き過ぎかなぁ〜?
とか何とか言って、単に遊び過ぎなんじゃないんですかぁ……って、ありゃりゃ、もういないじゃん!(編集部注:デキル男は行動がいつも素早い!)


>>次週へ続く

「成功するインド株著者 高橋正樹 氏 特別インタビュー」 記事一覧
  第1回 インド株を買うことはできるのですか ?
  第2回 インド株って何 ?
  第3回 気になるインドとパキスタンの関係はどうですか ?
  第4回 超大国成長市場、インドと中国‐‐‐投資先としての魅力を教えて下さい。
  第5回 「カースト」がインドの経済発展を阻害しませんか ?
  第6回 インドの通貨制度について教えて下さい。
  第7回 インドの労働争議は経済発展に影響しませんか ? −その1−
  第8回 インドの労働争議は経済発展に影響しませんか ? −その2−
  第9回 インドの銀行株について教えて下さい。
  第10回 インド株ADR(米国預託証券)の投資のコツを教えて下さい。
第11回 インド株と中国株はどちらがお買い得?---インドと中国の株価形成の違い −その1−
  第12回 インド株と中国株はどちらがお買い得?---インドと中国の株価形成の違い −その2−
  第13回 金融派生商品(デリバティブ)の使われ方
  第14回 『超大国の成長市場』の株価判断
  第15回 「イメージ・トライアングル」の使い方
  第16回 「銘柄の投資価値」と「市場の期待」をイメージする
  第17回 「超大国の成長市場」のテクニカル分析 −その1−
  第18回 「超大国の成長市場」のテクニカル分析 −その2−
  第19回 「超大国の成長市場」のテクニカル分析 −その3−
  第20回 「超大国の成長市場」のテクニカル分析 −その4−
著者近影 著者PROFILE
高橋正樹 たかはし・まさき
現職は「岡三証券・アジア情報館・シニアストラテジスト」。
元:アイザワ証券投資リサーチセンター・アジア担当ストラテジスト(本書執筆時)。
1963年生まれ。
日系投信会社、米系投資顧問会社を経て、2005年10月より現職。
ファンドマネージャー時代の全米運用パフォーマンスランキングは、2002〜2003年の2年間でアジア株部門が100社中35位、インド株部門24位(2003年のみでは12位)。この成績で注目を集め、日本では数少ないインド株投資経験者としても知られる。インド証券取引所の招きで精力的にインドの企業訪問をするなど、インドの最新情報にもくわしい。
国際公認投資アナリスト
日本証券アナリスト協会検定会員、検定テクニカルアナリスト


書影
書籍DATA
The Secret Of Success For The Indian Equity Investment
成功するインド株
出遅れない・失敗しない投資のための基礎知識
高橋 正樹 著
定価 1,575円
判型:四六判/並製
ページ数:192ページ
初版年月日:2005年08月23日
ISBN:4-7572-1141-4
 
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