特集
「成功するインド株」
著者 高橋正樹氏 特別インタビュー
 今週はインド株ADRの投資のコツについて、お話を伺います。ADRとは「American Depositary Receipt」の略称です。日本語では一般に「米国預託証券」と訳されています。「預託証券」とは株式をそのまま上場するのではなく、現地の銀行や信託銀行などに株式を預託し、その株式の権利を表した証券(証書)を発行して、それを海外の証券取引所に上場するという方法を取るものです。ADRはアメリカの証券取引所に上場し、米国以外の発行体による企業の株式を米ドル建てで売買でき、配当金も米ドルで受け取れるようになっています。一般の個人投資家には馴染みの薄いものかもしれませんが、インドの個別株(普通株)に直接投資が出来ない現在、その希少価値からも注目が集まっています。今週も高橋さんならではの鋭い解説をお楽しみ下さい。
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第10回 インド株ADR(米国預託証券)の投資のコツを教えて下さい。

前回のインタビューの時に、ICICI銀行などの超優良銀行が「大型増資をする」と言い出したというお話がありましたね。
高橋 おおっ、ちゃんと覚えているじゃないですか。
ええ、おかげさまで(笑)。毎週、勉強させていただいていますから。
高橋 素晴らしい(笑)。先週ご説明したのは共産党の反対で国有銀行の再編が頓挫しているということと、そのためにHDFC銀行やICICI銀行など優良銀行株の魅力が増して、盛んに買われているという話でしたね。
はい。それで優良銀行側が「増資をしてあげます」と言い出したんですよね。
高橋 そのとおりです。
そこでちょっと気になったんですが、増資ってHDFC銀行やICICI銀行にはどんなメリットがあるんですか?
高橋 イイ質問ですねぇ。前回もお話したように、インドには1991年の通貨危機の時に経営が悪化して、国営化された商業銀行がたくさんあります。これを将来的には7行程度を中核にして再編するんですが、その過程で外資系の銀行はもちろん、HDFC銀行やICICI銀行も買収に名乗りを上げようとしているわけです。とはいえ、買収をするためにはおカネが必要です。
あっ、わかりました。増資は買収するための資金をつくる手段というわけですね。
高橋 そう思っていただいても結構です。また、インドでは中産階級層の増大とともに住宅ローンや自動車ローン、消費者ローンなど個人向けの融資が伸びています。国有銀行の再編が進めば、当然この分野に注力してくるでしょうから、その前にできるだけ多くのビジネスチャンスを確保しておきたいはずです。そのための資金調達だとも言えるでしょう。その増資をインド国内だけでなく、外国人投資家を対象にニューヨーク証券取引所に上場するインド株のADRでも行おうというわけです。(編集部注:第1回「インド株を買うことはできるのですか?」をご覧下さい)
ということは、アメリカ株を扱っている証券会社に口座を持っていれば、私たち日本人投資家もインドの優良銀行の株を買うことができるんですね。
高橋 そういうことです。
それなら、ADRでインドの銀行株デビューもできますね。よーし、やるぞー!
高橋 そう来ましたか。それではいいことを教えてあげましょう。
えっ、な、なんですかっ!?
高橋 インド株ADRの取引には、ちょっとした注意とコツが必要なんです。
注意とコツですか?それはもう是非教えて下さい。
高橋 はい。ADRを取引する時にはプレミアムに注目する必要があるんですよ。
ああ、アーセナルとかマンチェスター・ユナイテッドとかがあるヤツ……って、それはプレミアリーグでしょっ...。
高橋 その下手なピン芸人みたいな「一人ボケ突っ込み」、かなり寒いんですけど(苦笑)。
ああーっ、今週は“お笑いの神様”が降りてこない。もうダメだぁ(泣)。
高橋 お笑い芸人じゃないんだから、そんなに悲観しなくてもいいでしょ(笑)。
それもそうですね。失礼しました。では、気を取り直してっと。そこで質問ですが、プレミアムとは何ですか?
高橋 インドの証券取引所で取引されている個別株(普通株)とADR(米国預託証券)との価格差のことです。外国人の個人投資家は現在インドの普通株を買うことができません。そのため世界中の投資家が米国株と同じように売買できるインド株のADRは、インドの普通株より高い値段がつきやすい傾向があるんです。
希少価値が高いから、値段も高くなるというわけですね。
高橋 そうです。それだけに、外国人投資家がインド株に対して売り姿勢になるとプレミアムは縮小しやすく、ADRのほうが普通株より大きく下がる傾向があります。逆に、外国人投資家が買い姿勢を強める時は、普通株よりADRのほうが株価を大きく上げる傾向もあるんですよ。
ADRは普通株より値動きが激しいってことですね。
インド普通株とADRとの価格差高橋 はい。だからADRの投資をする場合には、底値を拾うのがコツなんです。そうすれば、プレミアムが拡大する分と株価の反発とでダブルの利益が得られる可能性があります。
一粒で二度おいしいってわけですね!
高橋 そうです。ただし、この方法は投資を中長期で考える場合には、あまり適していないんです。
どうしてですか?
高橋 先ほどお話した優良銀行の例のように、増資をして、株自体の供給量が増えると希少性は少なくなりますよね。その結果、プレミアムも縮小するわけです。
左のグラフでも、HDFC銀行のプレミアムはどんどん縮小していっていますよね。
高橋 はい。それと、遠からずインドの個別株が解禁される可能性があるので、インド株ADRの魅力が薄れていくことも長い目で考慮しておく必要もあります。ですから、たとえばタタ・モータースのように、比較的最近上場したインド株のADRは、あまりプレミアムがついていません(編集部注:左グラフをご参照下さい)。
将来的には、他のインド株のADRもタタ・モータースみたいになっていくんでしょうか?
高橋 ええ。私は、外国人投資家がインドの個別株を買うことができる日が近づけば近づくほど、プレミアム、つまり現地の普通株との価格差は縮まっていくと思います。
だから「中長期で考える場合には、あまり適していない」とおっしゃったんですね。となると、目先で株価が下がった時で、なおかつプレミアムがゼロ近くまで縮小しているような時に買うのがいいんですよね?
高橋 そのとおりです。
プレミアムが縮小しているかどうかは、どうすればわかりますか?
高橋 計算すれば簡単にわかりますよ。ADRの値段をインディアンルピーに換算し、ADRと普通株の交換比率に応じて割り算をし、普通株の値段と比較すればいいだけです。計算例をあげておきましたので参考になさってください。
ありがとうございます。うーん、それにしてもややこしそうな計算ですね…。
高橋 投資をするには、手間・暇と勉強が不可欠なんですよ。頑張って、ぜひADRをうまく使って投資をしてみて下さい。
わかりました。それにしてもインド株って奥が深いですね。プレミアムが縮小していて、しかも株価が反発しそうな時に買うとすごくオイシイけど、プレミアムが拡大しながら株価が大幅に上昇しているようなときに買ってしまうと、その後、プレミアムの縮小に伴って反落するときに利益が大きく吹っ飛ぶなんてねぇ(しみじみ)。
高橋 ええ、そりゃもう、軽くヤバイなんてモンじゃなくて、これは寿命が縮まるほどの衝撃ですよ。
………(しばし無言)。何だか寒気がする話ですね。その表情をうかがっていると、ファンドマネージャーという仕事の強烈なストレスとご苦労がほんの少しですけど、分かったような気がします。高橋さん、体にだけは気を付けて下さいね。


>>次週へ続く

「成功するインド株著者 高橋正樹 氏 特別インタビュー」 記事一覧
  第1回 インド株を買うことはできるのですか ?
  第2回 インド株って何 ?
  第3回 気になるインドとパキスタンの関係はどうですか ?
  第4回 超大国成長市場、インドと中国‐‐‐投資先としての魅力を教えて下さい。
  第5回 「カースト」がインドの経済発展を阻害しませんか ?
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  第7回 インドの労働争議は経済発展に影響しませんか ? −その1−
  第8回 インドの労働争議は経済発展に影響しませんか ? −その2−
  第9回 インドの銀行株について教えて下さい。
第10回 インド株ADR(米国預託証券)の投資のコツを教えて下さい。
  第11回 インド株と中国株はどちらがお買い得?---インドと中国の株価形成の違い −その1−
  第12回 インド株と中国株はどちらがお買い得?---インドと中国の株価形成の違い −その2−
  第13回 金融派生商品(デリバティブ)の使われ方
  第14回 『超大国の成長市場』の株価判断
  第15回 「イメージ・トライアングル」の使い方
  第16回 「銘柄の投資価値」と「市場の期待」をイメージする
  第17回 「超大国の成長市場」のテクニカル分析 −その1−
  第18回 「超大国の成長市場」のテクニカル分析 −その2−
  第19回 「超大国の成長市場」のテクニカル分析 −その3−
  第20回 「超大国の成長市場」のテクニカル分析 −その4−
著者近影 著者PROFILE
高橋正樹 たかはし・まさき
現職は「岡三証券・アジア情報館・シニアストラテジスト」。
元:アイザワ証券投資リサーチセンター・アジア担当ストラテジスト(本書執筆時)。
1963年生まれ。
日系投信会社、米系投資顧問会社を経て、2005年10月より現職。
ファンドマネージャー時代の全米運用パフォーマンスランキングは、2002〜2003年の2年間でアジア株部門が100社中35位、インド株部門24位(2003年のみでは12位)。この成績で注目を集め、日本では数少ないインド株投資経験者としても知られる。インド証券取引所の招きで精力的にインドの企業訪問をするなど、インドの最新情報にもくわしい。
国際公認投資アナリスト
日本証券アナリスト協会検定会員、検定テクニカルアナリスト


書影
書籍DATA
The Secret Of Success For The Indian Equity Investment
成功するインド株
出遅れない・失敗しない投資のための基礎知識
高橋 正樹 著
定価 1,575円
判型:四六判/並製
ページ数:192ページ
初版年月日:2005年08月23日
ISBN:4-7572-1141-4
 
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