特集
『そんなに読んで、どうするの?』 刊行記念対談
豊崎由美×
第1回 トヨザキ書評は作品の写し鏡!?
 豊崎由美さんの初の書評集『そんなに読んで、どうするの?』の刊行を記念して、2005年12月、青山ブックセンター本店にてトークショーを開催しました。対談のお相手は、同じく書評家であり“本のメキキスト”でもある永江朗さん。意外なことに、おふたりが公の場で対談するのは初めてとのこと。面白い小説に出合う方法から、ブックレビューの役割、そして出版業界の裏話まで、縦横無尽のトークバトルをご堪能ください。
書籍DATA
『そんなに読んで、どうするの?−縦横無尽のブックガイド−』

そんなに読んで、どうするの?
縦横無尽のブックガイド
四六判・並製・カバー装・560ページ
ISBN4-7572-1196-1
定価1,680円(本体1600円)
 
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 いま最も多くの読書家からの熱い支持を集める辛口の書評家といえば、“トヨザキ社長”こと豊崎由美をおいてほかにはいない! 

 幅広い膨大な読書量に裏打ちされた批評眼もさることながら、その歯に衣着せぬ物言いが痛快至極! 

 大森望さんとの共著『文学賞メッタ斬り!』や岡野宏文さんとの共著『百年の誤読』で溜飲を下げた人は少なくないはずです。そんなトヨザキ社長の初の書評集が遂に刊行! 

 取り上げた小説は、純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SFなど、ジャンルも国籍も問わない239作品! 

 これまで豊崎さんが様々な雑誌に書いてきた珠玉の書評を集め、もう徹頭徹尾、小説愛に溢れた1冊です。

 しかも今回は、トヨザキ社長の原稿に某大作家先生が激怒し、某雑誌の編集部員が総入れ替えさせられたという、伝説の辛口書評「読者諸君!アホ面こいてベストセラーなんか読んでる場合?(抄)」を特別袋綴じ掲載! それだけでも一読の価値アリです! 

 トヨザキ社長のレコメンドする小説に出会い、泣いちゃってください、笑っちゃってください、打ちのめされちゃってください!
 
永江 このたびは刊行、おめでとうございます。
豊崎 ありがとうございます。実はこの本、永江さんのおかげもあるんです。『噂の眞相』に連載されていた「メディア異人列伝」というインタビューで、私のことを取り上げてくださったじゃないですか。その原稿の最後に「豊崎の書評をまとめた本、どこか出さないか? 待つ人はたくさんいる」と書いてくださった。それを読んだ編集者が刊行を決めてくれたんです。
永江 あれはヨイショじゃなくてまったくのストレートな気持ち。豊崎さんの書くものは面白いのに、なんで書評集がないんだろうと怒りを感じていましたから。
豊崎 あと、永江さんにお会いしたらお話ししたいと思っていたことが、もう1つあるんです。まだ実際にお会する前だと思うんですけど、永江さんが『批評の事情』(原書房、のちにちくま文庫)という本でも私のことを取り上げてくださって、私の仕事場について触れていましたよね。たぶん、マガジンハウスのムックに載った写真をご覧になったんだと思うんです。で、それって今回の書評集の著者近影にも使っていて、個人的にはすっごく気に入ってる写真なんですよ。なのに、永江さんたら『批評の事情』の中で「いつだったか、何かの雑誌に豊崎由美の仕事場の写真が載ったことがあった。大量の本がつまった本棚と資料に埋まった机。本棚の棚板には、メモがたくさん貼り付けてあって。『きったねえ』と思わず私は声を上げてしまった」なんて書いてらしたでしょー。私、あのとき、他人様を部屋に入れるんだからって、きれいに掃除したつもりだったんですよ。なのに、「きったねえ」(笑)。まあ、その後、永江さんの仕事場写真を拝見する機会があって、「ああ、“きれいに掃除”って、このレベルじゃないと使っちゃいけないんだな」と、深い反省とともに納得しましたけど。
永江 でも、いい写真ですよ、これは。
豊崎 今さらそう言われても……(苦笑)。
永江 坂口安吾みたいじゃないですか。こういう場所も見せちゃうところが、すごく豊崎さんを象徴していますよね。
豊崎 “トヨザキ社長キャラ”っぽいってことですかねえ。
永江 豊崎さんには失礼な話ですが、私はよく「豊崎由美は下品だ」という言い方をします。一人称に“オデ”とか使ったりして、品の悪さで開き直るところが豊崎書評の味でしょう? そういうことはほかの人はあんまりやらない。下品を引き受けるところが豊崎さんらしくていいと思って。
豊崎 引き受けているというか、本当に根っから下品なんです(笑)。ただ、永江さんも“ライター”という肩書にこだわってらっしゃいますけど、私にもライターとしてのこだわりはあるんです、若いころからいろんな媒体に書いてきましたから。で、そのこだわりというのは、媒体に合わせて書き方やキャラクターを変えるってことなんですよ。『GINZA』だったら品のいい文章のほうがよかろうとか、『本の雑誌』だったら社長キャラでもいいかな、『TV Bros.』なら相当乱暴な文体でもいいな、という感じで。ライターの悲しい性(さが)で、どうしても媒体の性格に合わせようとしてしまう。書評家や批評家でも自分の文体をきちんと持っていて、ちょっと読めば「ああ、誰々さんだな」とわかる書き方の人もいますけど、私の場合、悪く言えば非常にいいかげんというか大ざっぱなところがあって、文体が定まらない。あと、読んでいる本の文章のリズムやセンスにも引きずられることもよくあります。
永江 のりうつっちゃうんだ。
豊崎 影響されちゃうんですね。例えば、堀江敏幸の書評を書くときの文体と町田康 の書評を書くときの文体とでは、どうしても調子が変わっちゃう。それがブックレビューをする人間としていいことなのか悪いことなのか、と考えると微妙なんですけど。
永江 だから書評集に袋綴じで掲載された原稿は、こんなに下品なんですね。
豊崎 そうです、そうです! 扱った作品が下品だったので自分もつい下品になった、ということにしておいてください。もし作家の方で自分の小説を豊崎由美に書評されて、「うわっ、下品」と思うようなことがあったら、それはご本人の作品が下品だったと解釈していただければ(笑)。
永江 “豊崎由美=鏡”説だ。
豊崎 ありがとうございます、きれいにまとめていただいて。

Title』編集部総取っ替え事件
永江 問題になった『Title』の書評を袋綴じで載せたというのは、偉いですね。豊崎由美の何が偉いかって、雑誌1冊ぶっ潰すというか、編集部を総取っ替えさせたこと。そんなライターってそうはいないでしょう。
豊崎 この事件の前に同じ文藝春秋で、反ユダヤの記事を掲載した雑誌が廃刊になったじゃないですか。そのときは、「やっぱりライターになったら、雑誌のひとつも潰してなんぼだよねー」とか冗談言ってたんです。ところが……(苦笑)。あの『Title』のときは、自分が書いた原稿の反応を読もうと思って「2ちゃんねる」の雑誌板をのぞいたんですよ。そしたら、「豊崎由美ってライターが書いた原稿のせいで、『Title』が廃刊になるらしいよ」ってカキコミがあって……。血の気が引くってのを、あのとき初めて経験しました。あまりのショックで腰が抜けそうになりましたもん、本当に。それですぐに編集部に電話したんですけど、担当の若い編集者は「大丈夫です! 大丈夫ですから! 大丈夫なんです!」の一点張り。でも、結局は大丈夫じゃなくて、廃刊にこそならなかったけど、皆さんご存じのとおり、かつてアンダーグラウンドな雰囲気むんむんの「えっ、これが文藝春秋から出てる雑誌なの?」っていう味のあった雑誌が、今やダメな『BRUTUS』みたいになってしまった。
永江 私も『Title』では創刊準備号からずっと連載していたんですけど、ある日、編集者から電話があって「永江さんの連載、終わりです」って言われて、「ああ、切られるのか〜」とか思ったら、「全員切られるんです」「えっ、どうしたんですか?」「編集部総取っ替えなんですよ」「なんでそんなことになっちゃったの?」って。喫茶店で会って詳しい話を聞いたら、「実は豊崎さんが〜」って。すごいよね。こんな人めったにいないと思いますよ(笑)。
豊崎 いやいや、ホントに怖かったですよ。これでライター人生が終わるんじゃないかと思いましたから。当時、私は、『CREA』をはじめ『週刊文春』や『Number』など、たくさんの媒体でたくさんの原稿を書かせてもらっていて、文藝春秋とは蜜月の仲だったんですよ。“文春の犬”を自称してたくらいで(笑)。ところが、以後2年間、何も書かせてもらえなくなってしまいました。自業自得ですけど。
永江 これ以外に、ご自分が書いた書評のせいで仕事がこなくなったことはありますか?
豊崎 ほかにはないですね。
永江 私、『anan』編集部には立ち入り禁止なんです。
豊崎 あ、知ってます。ジャニーズ
永江 そうそう。朝日新聞に「キムタクが11年連続いい男って『anan』大丈夫か?」って書いたら、月曜の朝にデスクから電話がかかってきて、「不愉快です」って言われて、そのまま出入り禁止になっちゃいましたよ。
豊崎 編集者からのクレームなら、私にも笑い話になるようなエピソードがありますよ。『本の雑誌』の「寄らば斬る!」という連載で、市川拓司の『そのときは彼によろしく』(小学館)を批判したんです、「また村上春樹チルドレンの登場かよ」とかって。そしたら『本の雑誌』の編集部に市川さんの担当編集者から電話がかかってきて、「豊崎さんは市川が村上春樹チルドレンだとおっしゃいますが、私、市川に確かめましたところ、確かに市川は、村上春樹さんもお好きなフィッツジェラルドカート・ヴォネ ガットは読んでおります。でも、村上春樹さんの著作は読んでないと言っておりました」。村上春樹作品を読んでないのもどうかなと思うんですけど、ケッサクなのはそのあとで「だから、豊崎さんにちょっと言っておいていただけますか。市川は“村上チルドレン”ではなく“村上ブラザース”なんです」って(笑)。
永江 それ、名文句だね。
豊崎 だから私も、次号で謹んで訂正させていただきました。「市川拓司は“村上ブラザース”だそうです」と。
永江 これから青山ブックセンターのPOPは「村上ブラサースの市川さん」と書くこと。
豊崎 私が書いてあげてもいいですよ、POP(笑)。
永江 それは、村上さん的には嫌だろうな(笑)。

選考委員の悪口は文藝春秋のタブー
永江 TBSラジオの『ストリーム』という番組に、豊崎さんと僕は別の週で出ているんですが、豊崎さんの担当は小説、私はそれ以外の本の紹介をすることになっていますね。
豊崎 TBSラジオって偉くて、まったく規制がないんですよ。以前『ストリーム』の「コラムの花道」というコーナーで、芥川賞 直木賞 の結果に文句を言わせてくれたんですが、今度絶対にやらせてもらおうと思っているのが、渡辺淳一の『愛の流刑地』ですね。「『愛の流刑地』が単行本になったら、アンチキャンペーンを大々的に展開しますから、今年の私のメインテーマなんですから、とにかく私に30分ください、タダでも出ます、TBSラジオの30分をお金払って買います!」とディレクターに頼み込んでるとこなんですよ。
永江 ジュンちゃんのこと、そんなに嫌ですか? あとテル ちゃん(宮本輝)も。
豊崎 テル ちゃんは、ときどきいい小説も書くから別にいいんですよ。ジュンちゃんだって、若いとき書いてた作品は悪くない。“ジュンちゃん化”が進んだのは40代以降だと思うんです。すなわち、文壇の権力を握るのに比例して作品がダメになっていった。その象徴的作品が『失楽園』と『愛の流刑地』なんじゃないでしょうか。
永江 なるほど、最近の作品がダメだと。
豊崎 ダメですね。ここ10年はとくにダメ。に比べたら、テル ちゃんは作家としては良質です。ただ、読む人としても書く人としてもエンタメの資質の持ち主だから、芥川賞 や三島賞の選考委員をする資格がないということですね。
永江 わからないのに首を突っ込むな、と。
豊崎 あんたの偏狭な文学観を押しつけるな、と。
永江 私も笙野頼子先生に、「わからないのに首を突っ込むな」と書かれたことがあります(苦笑)。
豊崎 あー、例の純文学論争の最中に、笙野さん批判するところの“西哲ライター”の1人として槍玉に上げられたんですよね。
永江 はい。
豊崎 西洋哲学の窮屈な理論で頭がいっぱいになって、それにあてはまらない小説について見当違いの批判をする書き手、みたいな意味でしたっけ。でも、永江さん、笙野さんに噛みつかれたら嬉しいでしょ? 名指しで怒られるってすごいですよ。私なんか相手にもされてませんから。どうぞ噛み跡を大切になさってください(笑)。
永江 私は笙野さんの書くものが、すごく好きなんですよ。
豊崎 そうなんですよね。私が知ってる範囲では、永江さんは書評で笙野作品を褒めていますもんね。でも、あの論争について、永江さん、どこかの雑誌でコメントしたことがあったじゃないですか。あれがいけなかったんですかね。
永江 でも、好きなのに嫌われてるという関係もいいかなって思っています。
豊崎 萌え!?
永江 好かれてもちょっと困るし、嫌われるぐらいがちょうどいいかなと思うんですけど。豊崎さんのことを嫌っている作家とかいますか?
豊崎 いっぱいいるんじゃないですか(笑)。
永江 何か言われたこととかありますか?
豊崎 直接的にはないですね。『文学賞メッタ斬り!』(パルコ出版)のときも、結局、どこからも文句は来ませんでした。
永江 なーんだ、そうなんですか。
豊崎 なんの苦情もなくて逆にびっくりしたんです。拍子抜け。
永江 黙殺ということなんですかね。
豊崎 出したのがパルコ出版だから、文句を言っても圧力がかけられない、それが大きいんじゃないですか。あれが万が一、まあ、あり得ないですけど、大手文芸出版社から出ていたら、ジュンちゃんも黙っちゃいませんよ。回収措置にあってますね、きっと。
永江 ま、文春では出ないよね。
豊崎 新潮だって出しちゃくれません。
永江 『週刊文春』はあんなに勇ましいのに、なんでジュンちゃんシンちゃんの悪口はダメなんですか? という話を、ユダヤ問題で文藝春秋を辞めた元編集長に聞いたことあるんです。その元編集長は言ってました。「芥川賞 直木賞 の選考委員については絶対のタブーで、それは書けないし言えないんだ」と。しかし豊崎由美は、『Title』でそれを踏んでしまった。
豊崎 私だって、あの原稿で批判の対象になってるのが選考委員だってことくらい知っていますから、編集者に「やわらかい表現に直してもいいんですよ」とは言ったんです。でも「面白いからこれでいいです。編集長もこれでいいって言ってますから」って。「へえぇ〜、勇者だなあ」と感心してたら、あの始末(笑)。
永江 さっき豊崎さんが、「『Title』がダメな『BRUTUS』みたいになった」って言ったじゃないですか。青山ブックセンター六本木店で、リニューアルした『Title』を平積みにして、「B級の『BRUTUS』」みたいなPOPをつけたら、文藝春秋から抗議の電話がきたそうです。青山ブックセンターはそのころから闘う書店だった(笑)。
豊崎 すばらしい。私と気が合う書店さんですね。
永江 担当者は全然反省していませんでしたね。「本当のことなのになんで文句言われるの」って言ってました。
豊崎 そうなんですよ。本当のことなんですよ。ただ、本当のことは往々にして誰かの逆鱗に触れてしまう。あと、これには後日談があって、ここ数年、ようやく文藝春秋からもまた仕事がくるようになって、『週刊文春』で『NIKITA』や『頭がいい人、悪い人の話し方』(PHP 研究所)を取り上げてメッタ斬りしてくれって依頼があったんですよ。「めちゃくちゃやっちゃってください」とか言ってくださるのはいいんですが、掲載誌で自分の肩書を見て、キレましたね。「闘う書評家」ですよ、「闘う書評家」っ。闘って仕事を干したのはどこのどいつだよ!(笑)

つづく


「書評ほどオイシイ商売はない!?」 記事一覧
第1回 トヨザキ書評は作品の写し鏡!?
  第2回 書店で本に呼ばれるという感覚
  第3回 書評に自分のことなんて書かない
  第4回 2005年オススメの小説は?
著者PROFILE
著者近影
豊崎由美 とよざき・ゆみ
1961年生まれ。ライター。『本の雑誌』『GINZA』『ダ・ヴィンチ』『婦人公論』などで書評を執筆。文芸のみならず、演劇、競馬、スポーツ、テレビドラマなど興味はエンターテインメント全般に及び、執筆活動の範囲はきわめて広い。著書にB級スポーツ観戦記『それ行けトヨザキ!!―Number迷コラム傑作選』(文藝春秋)、日本の文学賞を徹底検証して話題となった『文学賞メッタ斬り!』(パルコ出版大森望との共著)、20世紀の日本のベストセラーを鋭く考察した『百年の誤読』(ぴあ/岡野宏文との共著)などがある。
著者近影
永江朗ながえ・あきら
1958年生まれ。ライター。法政大学文学部哲学科卒業後、西武百貨店系洋書店「ア−ル・ヴィヴァン」を運営するニューアート西武に入社。約7年間勤務した後、『宝島』『別冊宝島』などの編集、ライターを経て、93年よりライター業に専念する。著書に『批評の事情―不良のための論壇案内』(ちくま文庫)、『ベストセラーだけが本である』(筑摩書房)、『平らな時代―おたくな日本のスーパーフラット』(原書房)、『メディア異人列伝』(晶文社)、『話を聞く技術!』(新潮社)などがある。