オルタード・カーボン 特別対談 リチャード・モーガン×田口俊樹
オルタード・カーボン 特別対談 リチャード・モーガン×田口俊樹
 

――大の日本好きと伺ってますが、いつか日本を訪れたいと思ってますか?

  もちろん、ぜひ行ってみたい。自分の「いつか行くべき場所リスト」に入っている。妻と一緒に。ただ、もの珍しさ目当てにぶらりと海外を旅するのはあまり好きではない。だからペルーにも一ヶ月近く腰を落ち着けた。せっかく日本を訪れるからには国内をじっくりと旅してまわり、日本全土を知り尽くしたい。日本だけでなく南アジアの他の国にも立ち寄るのも良さそうだな。実はアジアには一度も行ったことがないんだ。トルコまでがせいぜいで。半年以上かけて日本、ラオス、タイ、中国などをゆっくりと周遊したいな。日本には少なくとも一ヶ月は滞在したい。村上春樹の小説に出てくる場所は見ておかないと。特によく彼の作品の舞台になっている北海道にはぜひ足を運びたい。

――日本文化は全て村上春樹さんの小説から学ばれたのですか?

  いや、折に触れて。大学でも二年半キュウシンドウ空手を習っていた。空手というよりは合気道に近いものだったけれど。ロンドンに移り住んでからは通いたい道場がみつからなくて。どこも乱暴でね。僕は相手を打ち負かす技ではなく、精神の鍛錬に関心があるので。そうそう、コヴァッチは侍のトレーニングを受け、侍ディシプリンを備えた「浪人」なんだよ。

  日本文化がアメリカやイギリスの文化と違う点は、自国文化をしっかりと認識しているところかな。文化的事象のすべてに意義があり、日本の人たちはそれをよく理解している。イギリス人の文化意識はそれほど高くない。ただ漠然とイギリス社会を受け止めている。イギリス人に文化のことを尋ねても、まともに答えられる人はいない。僕が日本文化――武道、日本食、生け花なんかにいつも感心させられるのは、その存在や奥義に対する認識の深さなんだ。これは物書きにとっても大切なことだ。僕たちの仕事は物事の意義を取り上げることだからね。得てして作家は物事の意義にこだわるものだが、日本文化にはそうした視点が自ずと備わっている。意義に対する認識がしっかりしている。実に魅力的な文化だ。

  十代の頃、テレビで『将軍』を見たときのことを今でもよく覚えている。ひどい作品だった(笑)。本当に。それでも、かつて感じたことのないような感覚に襲われた。すべてのものに意義があった。正確に言えば、すべてのものに大いなる意義を見出すことができたんだ。80年代には『モンキー』というコメディ番組が放映されていたけれど、その根底にも様々な哲学が感じられた。こうした作品は十代の頃の僕の脳裏に深く焼きついた。それから、ロンドンに移り住んだ頃はちょうど日本食ブームで、よく食べ歩いたな。
レストランで外食する場合、メニューから何気なく料理を選んで食べるというのが普通だろう。でも西洋の日本食のレストランでは全ての料理に解説がついているんだ。

  伊丹十三の映画『タンポポ』にも大いに触発されたよ。単なる食べ物についての映画ではなかった。食べ物の奥深さが詳しく解説されていた。僕が日本文化に心引かれるのはこうしたところなんだろうな。文化意識が高くてとても繊細だ。日本の映画はずいぶんたくさん観ているよ。

  何年か前に語学学校で日本人の生徒を教えたときも、英語で自分をどうやって表現するか、とても慎重に言葉を選んでいた。そういえば、福岡出身の水戸さんという生徒が日本から遊びに来たときに、お土産をもらったことがある。小さな木製の土俵の上に二人の力士が乗っていて、コマのように回せるんだ。とても嬉しかったね。英会話を教えた日本人の生徒たちは、とにかく神経が細やかだったね。日本人の生徒はどんなことを説明するときでも一生懸命に的確な言葉を使おうとしていた。

  いずれにしても「文化」はとても重要だ。人間を形作ると言っても過言ではない。だから自身を形作る自国文化を知ることはとても大切なんだ。今イギリスが抱えている多くの問題は、イギリス人に根付いている文化を僕たちがきちんと理解していないことに端を発していると思う。例えばイギリスがヨーロッパで政治的に孤立しがちなことなんかもね。それはイギリス人が自分たちのルーツを理解していないからなんだ。自国の文化をもっとよく知るべきだ。

――日本でも若者たちは伝統的な価値観を見失いがちと思うのですが?

  日本の若者が伝統的な価値観を守っているかどうかはわからないけれど、気に留めてはいるんじゃないかな。少なくとも理解はしていると思うよ。つまり文化意識が根付いている、と言うのかな。そういう意識はイギリスには見られないし、アメリカではなおさらだ。アメリカ人は自国を席巻している文化に対する意識が低すぎるよ。行動の根拠や価値観を突き詰めて考えていない。これは今日のアメリカが抱える問題点にもつながっているんじゃないかな。アメリカ人は自国の文化を理解しないまま行動に走る。自国の文化に対する理解が深まればアメリカ人はきっとこう言うはずだよ。「我々のしようとしていることは良いことではない。一種の文化的な価値観に突き動かされているだけで、我々の行動に正当性はない。もう一度よく考え直すべきだ」

 

特集トップへ
Copyright(C)2008 Aspect Digital Media Corporation. All rights reserved.