── 『「路地裏」の経営学』では、経営者という点では異色だけれど、路地裏という点ではまさに「ど真ん中」ともいえる企業も紹介されていますね。
町田 それって、 第三春美鮨と民謡ライブ「まさかやぁ〜」のことですか?
── ええ、そうです(笑)。お鮨屋さんと居酒屋。なぜこの2社というか、2店を紹介しようと思われたのでしょうか?
── それは、美味しい店という意味で、ですか?
町田 もちろん、それもあります。ですが、 グルメ記者でもない私が、「ここの店のこれは絶品です」なんて言ったら、読者の方が興ざめするでしょう?
── うーん、それはなんとも言いがたいところですが……。
町田 味については、読者の方ご自身に行っていただいて確かめていただくのがいちばんだと思います。私が強調したいのは、2店とも顧客を志向した経営をしているということです。たとえば、 鮨職人の仕事って一定のパターンの繰り返しです。仕事に制約があるとも言えます。しかし、第三春美鮨の店主、 長山一夫さんは「制約があるからこそ、真摯に試行錯誤を続けなくてはいけない」とおっしゃっています。実は、本田宗一郎さんも同じことを言っています。
- 創造的な発想、生き方のきっかけとなるものは、なんと言っても現状の否定である。
- 自己満足、現状満足からは、けっして新しいものは生まれないのだ。
町田 店のつくりひとつを取っても、第三春美鮨は、他の鮨店とは全然違います。黒の玄晶石の壁と落とし気味の照明、広いカウンター……。
── なんだか、お鮨屋さんと言うより、洒落たバーのようですね。
町田 そうです。でも、黒い壁と照明のおかげで、店に入ったとたん、ネタに目がいく。「おおっ、今日もいいネタが揃っているなあ」と、食欲がわいてきます。
── それが工夫であり、創造なのですね。
町田 そのとおりです。「まさかやぁ〜」は、那覇市の平和通り商店街にある「説法、漫談、民謡ライブ」の店です。
── 説法って、寺の坊さんのありがたいお話のことですよね。
町田 ありがたいかどうかは別として、まあ、そうです。でも、「まさかやぁ〜」の店主、ケン坊こと安里さんのライブは、本当の意味での説法だと私は思いましたよ。
── どのような説法ですか?
町田 ケン坊は、有名暴力団の組長だった人なのです。
── なんだか怖そうな感じですね。
町田 そう思うでしょう? ところが、そうじゃないんです。すごくニコニコしていて、温かみがある人です。深みがあって、人の心の機微が読める人でもある。だから、言うべきことはハッキリといい、オブラートに包んで言うべきことはやんわりと伝える。
── そうでなければ、 任侠の世界のトップには立てないのでしょね。
町田 私もそう思います。説法では、 警察の裏話とか、世の中の裏側、いまの世の中の問題点をちゃかしながらもえぐり出して見せたりする。沖縄の歌の説明をしながら伝統を伝えることもあれば、お客さんと掛け合いをしたりもする。お客さんの話を聞いて、それをネタにして話をすることもあります。
── おもしろそうですね。
町田 おもしろいですよ。私が行ったときには、有名な 沖縄民謡の『 てぃんさぐの花』を歌い、その歌詞を解説してくれました。あの歌は有名だけれど、沖縄の人でもちゃんと意味を知っている人は少ないのだそうです。
── へぇ〜、そうなんですか? それは意外です。
町田 『親のゆし事や胆に染みり』という歌詞がありますが、ケン坊によると『ゆし事』は、言う言葉ではなく寄せる言葉、叱る言葉だそうです。「叱ると怒るは違う。怒るのは自分の欲求を満たすため、叱るはその人のことを思って諭す。いまは、諭しきれる親が少なくなったね。怒ってばかりいて、教育ができない」。そんな話をされるのです。それも、ケン坊が話すと、説教臭さが全くない。心にしんみりと染みこんでくる。ケン坊の人となりというか、人類全体に対する愛情なのかなあなんて思ったりしましたよ。
── 町田さん、ずいぶん大きくでましたね(笑)。
町田 いや、大げさじゃなく、そう思いました。ケン坊は、沖縄県名護市の「やんばる」の800坪の土地を買って、そこに民宿風の建物を建てたいそうです。大自然のなかでのんびりと楽しく過ごしてもらい、ケン坊の説法も聞いてもらう。「説法で悩める少年や自殺する人を微力ながら食い止めたい」そうです。その計画を聞いて、私にも出資させてほしいと思いました。自分の店にやってくる人のために何ができるかを考え、実行する。これこそ、顧客本位経営の原点ですよ。
■ 夢を持ち、夢を語ることが必要である
── ケン坊さんは、それを自腹でやるんですよね? すごいですねえ。
町田 すごいといえば、 メディカル・プリンシプル社の中村さんもすごい。同社の『民間医局』は、医局だけが医師の教育や派遣を担う、従来のシステムに変わる新たなシステムを提供するものです。簡単に言うと『 白い巨塔』の世界にメスを入れる仕事です。
── わかるような、わからないような……。
町田 わかっていただくには、 医局制度の説明から始める必要があります。でも、それをしていると時間がかかりすぎるので、拙著をお読みいただければと思います(笑)。
── わかりました。そうします。
町田 私が、すごいと思ったのは、民間医局というアイデアはもちろんですが、経営難を乗り切って今日があるという、仕事に対する意気込みや姿勢です。
── と言うと、最初からビジネスがうまくいっていたわけではないのですね。
町田 97年に設立したものの、その後の数年間は赤字続きで、運営資金が枯渇しそうになったそうです。それでも「これは世の中にとって絶対に必要な事業だ」という信念を持ってやり続けた。私自身がそうですが、サラリーマン出身の経営者って、そういうときにすごくヘコみます。中村さんも長銀出身のサラリーマンだから、普通は「もう、ダメだ」と思いそうなのに、決してあきらめなかった。
── 中村さんの会社も当然、出資者がいたわけですよね。万が一、つぶれたら債権者が押しかけるわけでしょう? 十字架を背負ったようなものじゃないですか。
町田 ええ。でも、同社のしくみを作り上げて、医師向けの求人雑誌を作ってタダで送り続けた。その気概には感動しましたね。尊敬に値しますよ。
── 長銀ご出身の方ですよね。なぜ、そんなリスクを背負おうと思ったのでしょうか?
町田 夢があるからですよ。 本田宗一郎さんが、こんなことを言っています。
- 経営環境が厳しくなると、人はとかく目先の利害にとらわれがちになる。たしかに、多くの企業経営者が創業者でははく、サラリーマン出身であることを考えれば、夢など持ちにくいというのもわからないわけでもない。
- しかし、経営環境が厳しく制約条件が強ければ強いほど「夢」を意識的に育て、より大きな理想の実現を考えることが大切である。最大の経営危機の時は、夢を忘れず、むしろ、それを膨らませる方法を考え抜くことだ。
- 人間も大きな夢を持ち、なんとか実現しようという強い意志を持っていれば、どんな困難に直面しても、乗り切っていける。大いに夢を持ち、夢を語ることが必要である。
町田 コンサルティングをしていて、つくづく思うのは、新しい価値観を創造するのも夢があってこそ、それを実現するのも夢があってこそだと思います。
町田 おっしゃるとおりです。コンサルタント仲間でも、ウインザーホテルの再建は難しいだろうと言われていました。
── ところが、2005年の中間決算では、営業利益率48.5%という驚異的な数字を叩き出した。
町田 私もビックリしましたよ。ちょうどそのニュースが新聞に出た日に、窪山さんとお会いする機会がありました。お祝いを言ったら「まだまだです。私が以前、手がけた ホテル・ヨーロッパ( ハウステンボス内のホテル)には及ばない」とおっしゃったのです。
── 及ばないというのは、どういうことでしょうか?
町田 サービスです。窪山さんは、サービスには、サービスと ホスピタリティーがあるとおっしゃいます。サービスは、世間的に提供できるサービスのこと。ホスピタリティーは、その人その人が『こうしてほしい』と望むことにあわせて提供するサービスです。
── ということは、ホスピタリティーにこそ、顧客満足度を高めるカギがあるのですね。
町田 そうです。ウインザーでは、そのホスピタリティーが顧客だけでなく従業員にも向けられています。だから働く人が生き生きしていて、とても感じがいい。
── 接客は、ホテルの要ですものね。
町田 そうです。さて、インタビューもそろそろ終わりでしょうから、少しコンサルタントらしい話をさせていただきましょう。企業の成長力は、そこで働く従業員の力をうまく組み合わせる相互補完で決まります。言いかえると、相互補完のシステムが確立されているか否かで成長力が決まる。つまるところ、すべては、そこにいる人間次第で決まるのです。だから売上高云々、利益率云々を言うまえに、 従業員満足度や人が育つ環境を見直す必要があります。
町田 そうです。企業が未来につながる財産を作るためには、ヒトと知恵が不可欠なのです。私は コンサルティング活動を通じて、新しい価値を提案できる企業をひとつでも多く作り出すお手伝いをし、日本じゅうに新しい元気を生み出したいと思っています。今年は、本田宗一郎さんの生誕100年です。その年に、この本を出すことができて、本当に幸せだと私は思っています。
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