特集
「路地裏」の経営学
ホンダ哲学を実践する8人の経営者(イノベーター)
著者町田秀樹氏インタビュー
第2回 路地裏にこそ、経営のヒントが眠っている
書籍DATA
路地裏の経営学

「路地裏」の経営学
町田 秀樹 著
四六判・並製・224ページ
ISBN 4-7572-1221-6
定価 1,470円
 
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 斬新なビジネスモデルで、成功を続ける経営者たちの手法から、本田宗一郎の哲学が浮かんでくる...「アイディアは資本に優先する」。

 生き残りの厳しい時代の企業の中で、「顧客を大事にする」という姿勢を実践して成功している経営者の言葉は、不思議と本田宗一郎の経営哲学と一致する。

 この仮説は、本田宗一郎氏のもとで多くを学んできた町田秀樹氏だからこそ、説得力がある。

 「表通り」に展開する安定した巨大企業ではなく、「路地裏」、つまり非常に競争の厳しい場所でしのぎを削る、パイオニア企業に多い成功秘話からあなたは何を学び取りますか?

── ところで、なぜ、いま、この本を書こうと思われたのですか?
町田 ひとことで言うと、「理念なき経営」をする経営者があまりに増えているからです。なんて言うとエラそうですかね?
── いえいえ。心のなかで大きくうなずいている人が多いと思いますよ。
町田 …だとうれしいのですけれど。新聞やテレビのニュースを見ても、実際にコンサルティングをしても、口では「お客様のために」と言うものの、「本当にお客様のことを考えているのか?」と、思わずクビをひねりたくなる経営者に出くわすことがあります。
── 記憶に新しいところでは、某自動車メーカーや某住宅販売会社、某設計事務所に関する報道を見聞きする限りでは、そう思わざるをえないですね。
町田 ええ。私がコンサルティングをしたケースに限って言えば、そこで働いている人たちに話を聞いてみると、その会社の製品やサービスが好きだと言う人が多い。なかには、「この製品が好きだから」と、わざわざ転職してきた人もいます。
── その製品の大ファンだからこそ、自分で作りたい、売りたいと思うのでしょうね。
町田 その通りです。ところが、企業全体をみると、理念も戦略も経営学の教科書的なものを掲げてはいるものの、現実の組織行動は、まったくそれとは異なる額縁の世界なのです。つまり、経営者が哲学をもち、自分の言葉で熱くビジョンを語り、組織に共通する価値観が浸透しているかどうかが課題なのです。突きつめていくと、経営者が夢と情熱を持ってリーダーシップを発揮していないところに問題があることが多いわけです。
── なるほど。経営者の意識と姿勢に問題があるのですね。
町田 それと、バブルのころに、「金、カネ、金」の拝金主義が蔓延した。最近では、「カネさえあれば何でも買える」といったマネーゲームが横行し、そう公言してはばからない経営者が若者に英雄視される傾向がありました。
── テレビ番組で小学生が、「将来は、○○○モンのようになりたい」と発言していたくらいですからね。
町田 その是非はともかく、私は、企業に求められることは、「世のため、人のため」に役立つという高い志だと思うのです。そのためには、お客様の心をつかむ愚直なまでに地道な努力と創意工夫によって、喜びの輪を企業からお客様へ、お客様から社会全体へと広げていくことこそが、絶対に必要だと考えているんです。
── それに関連して言うと、近ごろ、企業の社会的責任や社会的貢献ということが声高に叫ばれています。悪いことをする企業が多いから「社会的責任」が重視されているとしたら、あまりにも悲しいです。
町田 私もそう思います。ここで声を大にして言っておきたいのですが、従来の「日本的経営」では、もともと社会的責任、社会的貢献を重視しているというか、あたりまえのこととしてとらえていたのです。たとえば、本田技研の創業者である本田宗一郎さんは、こんなことを言っています。  企業としての社会的責任は、第一に、「本業を通じて社会に貢献する」ことである。すなわち、自社が持っている資源(人、物、カネなど)を最大限に活用して、社会のニーズを的確に読み取り、良質な製品やサービスを適正な価格でお客様に提供することである。  そのためには、自分本位の気持ちを棄て、国内、国外を問わず、それぞれの地域に住んでいる人たちの習慣性というものを尊重しなければならない。そうすることによって、地域に融合・調和し、共存共栄していかないかぎり、これからの企業は成り立ってゆかないだろう。  企業というのは、未来へつながる財産づくりをしておかなくてはいけないといわれ、カネのことだけを考える経営者が多い。たしかにカネも必要だが、大切なのは地域の人たちとの共存共栄を実現していくための"人"と"知恵"だ。  本田宗一郎さんの言うとおり、大切なことは「本業を通じて社会に貢献する」ことであり、地域との共存共栄を実現することなのです。そのためには、"人"と"知恵"が不可欠です。


カルロス・ゴーンは来日して、最初にホンダクリオ新神奈川を視察した。
取材協力/株式会社ホンダクリオ新神奈川 撮影/和田佳久
── ところが、それを忘れてしまった企業もある。
町田 残念ながら、そうなんです。職場の問題もあります。顧客満足度(CS)の高い会社は、社員の満足度(ES)も高いと言われます。ESなくしてCSはないのです。
── でも、実際には……。
町田 社内の人間関係で消耗してしまって、お客様に目が向かないケースもあります。上司がタバコをくわえた瞬間、部下全員がいっせいにライターを差し出す職場なんていうのもあるくらいですからね。
── 上(上司)ばかり見ているヒラメ社員集団ですね。そんな職場じゃ、上司が裸の王様になっちゃいますよ(笑)。
町田 ヒラメ社員どころか、経営者にゴマばかりすっているヒラメ上司、OBの目ばかり気にするヒラメ経営者もいます。
── "上を向いて歩こう"というわけですね。上ばかり向いているとドブにハマりそうですけどね。
町田 だから不祥事が起きるのではないでしょうか。CSの高い会社では、社員が本当にお客様のほうを向いているのです。日本中どころか世界中の自動車ディーラーのベンチマークになっていて、日産カルロス・ゴーン氏が「顧客満足度世界一だ」として、来日後、最初に視察した会社でもあるホンダクリオ新神奈川は、その典型例でしょう。
── 同社は、トヨタ自動車のネッツチャンネルを立ち上げた笹津恭士副社長をはじめ、そうそうたる会社の経営者が、視察どころか「研修させてほししい」と来る会社でしたよね?
町田 そうです。私が同社を訪問したとき、店の前にタクシーが着いたとたん、「いらっしゃいませ」と言いながら社員が2人飛び出して来ました。それが、すごく感じいいんですよ。
── 押しつけがましくなくて、自然な感じなのでしょうね。
町田 ええ。ある雨の日に、同社の相澤賢二会長が、駅から会社までタクシーに乗ったら、運転手さんに「いまから行く会社ね、タクシーが着くとすぐに社員が傘を差しに迎えに来ますよ」と言われたそうです。相澤さんは、そういう評判が定着しているとは知らなくて、「えっ、本当に?」と思った。タクシーが着くと本当に社員が飛び出してきたけれど、相澤さんの顔を見ると「なあんだ、社長(当時)かあ」と社内に傘を持って戻ってしまったとか。
── ヒラメ社員ばかりの職場だったら、「社長、おカバンをお持ちします」とか言いそうですけれどもね。
町田 でも、社員は相澤さんをすごく慕っていて、直属の上司にでも話しているかのように話しかけたり、相談をしたりしています。私も自動車業界出身だからわかるのですが、自動車ディーラーって、世間的にはどうしても一段低く見られがちです。飛び込み営業とかノルマを課せられて大変な仕事、社員も入れ替えが激しいので、優秀な人材は採りにくい。ところが、ホンダクリオ新神奈川は違う。社員の皆さんが本当に明るくてキビキビと働いています。
── 本当の意味で働くことが好きなんでしょうね。
町田 そうなんです。相澤さんは、しょっちゅう社員を叱っています。それも「バカヤロー」とか怒鳴りつける。でも、本当に愛情を持って叱っているから、社員もその瞬間は「チクショー」と思うのだろうけれど、相澤さんの話をちゃんと聞く。指摘されることがもっともだからですよ。現社長の新海克巳さんも相澤さんに叱られて会社を辞めたことがあるそうです。大手有名企業に転職したものの、ヒラメ集団に嫌気がさして、ホンダクリオ新神奈川に出戻ってきた。同社には、出戻り社員が10人以上いるそうです。
── 従業員満足度が高いから、自分から辞めた社員が出戻りたくなるのでしょうね。

路地裏にこそ今求められる経営のヒントがある
町田 本書(『路地裏の経営学〜ホンダ哲学を実践する8人の経営者(イノベーター)』)で紹介した企業は、現場を大切にし、お客様のことを本気で考えるなかからアイデアを生みだし、汗水たらしてそれを形にしているところばかりです。経営者が高い志を持ってチャレンジし続けている会社でもある。ありきたりな言葉ですが、小さくとも、なかには大企業もありますが(笑)、キラリと光る何かを持った企業です。
── なかには「路地裏」とは呼べない企業もあります。
町田 「路地裏」は、あくまで比喩的な意味で使った言葉です。私は、たまに「○○横町」みたいな路地裏の飲み屋に行くのですが、路地裏の小さな店ほど、顧客の満足度がストレートに経営を左右するんですよ。
── 言われてみれば路地裏って人気店の前には行列ができるし、客が寄りつかない店はすぐに消えてしまう、栄枯盛衰の激しい世界ですね。
町田 だから経営者は生き残りに必死になるし、斬新なアイデアや本当に心をこめたサービスでお客様を惹きつけようと努力します。
── そう考えると、路地裏にこそ、経営の本質や、いまの時代に求められる経営のヒントが見え隠れしているのかもしれないですね。
町田 その通りです。だから、誰がどう考えても「路地裏」系ではない企業を紹介したにもかかわらず、あえて「路地裏の経営学」というタイトルにこだわったのです。
── なるほど、納得しました。でも、紹介した企業の経営者の方に「ウチは路地裏になんかじゃない」と叱られませんでしたか(笑)?
町田 ええ、幸い。本書の趣旨をご理解くださったといいますか、度量が大きい方ばかりだといいますか……(笑)。ともあれ、8人の経営者の経営哲学や実際のサービス、ビジネスモデルを伝えることで、経営者はもちろん、起業家ビジネスマン学生のみなさんに「これからの生き方」のヒントや気づきを得ていただければというのが、この本を書いたいちばんの理由です。
── 社会的責任や「世のため、人のため」と言う言葉が、単なるお題目でない世の中であって欲しいという町田さんの祈りみたいなものですね。
町田 そう思っていただけると嬉しいですね。

つづく


「路地裏の経営学」著者町田秀樹氏インタビュー 記事一覧
  第1回 アイデアは資本に優先する
第2回 路地裏にこそ、経営のヒントが眠っている
  第3回 まだ見ぬ恋人を探せ
  第4回 日本じゅうに新しい元気を生み出したい
PROFILE
著者近影
町田秀樹(Hideki Machida)
経営コンサルタント。早稲田大学教育学部卒。本田技研工業、長銀総合研究所、ワトソン ワイアットヒューイット・アソシエイツ ディレクターを経て、株式会社アスピレックスを設立。組織開発、人材マネジメント構築などのコンサルティングに携わる。主な著書に「仕事は早くて雑でいい」(アスペクト・共著)、「人事が変わる〜フレキシブルマネジメントへの戦略構図」、「年俸制で会社が変わる」、「これから10年 給料はどうなる」(日本能率協会マネジメントセンター)、「いまどうする人事管理」(労務行政研究所:共著)、「最新経営イノベーション手法」(日経ビジネス:共著)、「稼げる人材をつくる年俸制導入の進め方」(日本経済新聞社・監修)など著作多数。