── 2006年4月の月例経済報告では、 景気の基調判断は2か月連続で「回復している」でした。上場企業の多くが過去最高益を更新し、「失われた10年」を経て、日本経済はいままさに景気回復のまっただ中にあるのかなぁと感じています。実際のところ、町田さんはどう感じていらっしゃいますか?
町田 確かに、景気回復期間は4月で51か月になりますから、戦後2番目に長い平成景気(1986〜91年)に並ぶ勢いですね。しかし、経営コンサルティングの現場から見ると、日本企業の実態は好調な業績とは裏腹に、かなり深刻な状況を迎えているのではないかという危惧を感じます。
── それはまた、どうしてですか?
町田 経済の二極化が進んで、同じ業界でも、いわゆる 勝ち組と 負け組とが鮮明になってきているからです。それ以前に、結局のところいまの好景気は、日本企業の1割しかない大企業が、好調な 世界経済の影響などで利益を押し上げているに過ぎないからです。
── ずいぶんと厳しいことをおっしゃいますね。
町田 それが実態ですよ。業績が急速に高まったのは 中国の急速な経済成長のおかげであり、老壮期にある業界が漢方 バイアグラの力で立ち上がったようなものだという見方もあります。昨年から仕事で、その中国に行く機会が増えましたが、訪中するたびに「この国は、ソフト面はまだまだだけれど、ビジネスチャンスがたくさん転がっている国だなあ」と痛感します。しかも、仕事で接する人たちがみんな向上心に富んで、なんと言いましょうか……、そう、 ハングリーですよ。
── ハングリーですか。なんだか懐かしい言葉ですよね。
町田 でも、すごく大事なことですよ。ハングリーなのは中国だけじゃありません。欧米では、「個」に磨きをかけた人が、厳しい競争社会のなかで「技」に磨きをかけ続けています。創造性でもすばらしいものを持っています。「前門の虎、後門の狼」という言葉がありますが、いまの日本は、まさにその状態です。
── つまり今後、日本と日本人は、欧米と有力な 新興国との間でどう生きていくかを真剣に考えないといけない。
町田 そうです。いま、日本と日本人に求められているのは、本来の意味での「イノベーション」です。
町田 「イノベーション」という言葉は、日本では「 技術革新」という狭い解釈がなされます。でも、これは誤訳。そもそも経済学者の シュンペーターは「新しい価値を世の中に提案すること」という意味で、イノベーションの重要性を訴えた言葉なのです。
── 新しい価値を提案することということなのですね。
町田 そうです。本来の解釈からすると、イノベーションは技術だけを指す言葉ではないはずです。新しいコンセプトやサービスのあり方、他社とは違う販売方法もイノベーションです。それを創造できるかどうかが、企業の命運を左右します。
■ パチンコ台が1台もないフロアーがあるパチンコ店
── 『 路地裏の経営学』で紹介されたパチンコ店の ピーアークは、まさにパチンコ業界のイノベーターですよね。かつてパチンコ屋といえば、ギラギラのネオンと 軍艦マーチがトレードマークでした。ところがピーアークの店舗には、それがない。私自身、カフェかなんかだと思って、銀座の店に入ったことがあります。
町田 入ってみたらパチンコ屋さんだった(笑)。
── せっかくだから、生まれて初めてパチンコというものをやってみましたよ。残念ながら負けましたが、「こういう店だと入りやすいなあ」と思ったことを覚えています。
町田 ピーアークがおもしろいのは、地域特性を意識した店作りをしていることなんです。たとえば、本社がある竹の塚の駅前の店は、5階にパチンコ台がひとつもない。そのかわり、近所の人が自由に使えるコミュニティースペースになっている。
── パチンコ屋さんがコミュニティースペースを提供しているんですか?
町田 そうです。4年前からですが、いまでは、カラオケ教室とか犬のしつけ教室とか、商店街の盆踊り大会の練習会場になったりと、公民館的な使われ方をしています。この店は、女性客が多いこともあって、景品に地元商店の米や酒、調味料、菓子などがあったり、「本日の特売情報」として商店街のお買い得情報の告知をしています。
── まさに地域密着型ですね。でも、売上げに貢献しないスペースがあるというのは、経営的にはどうなんですか?
町田 業界的には非常識きわまりないことですよ。でも、パチンコ店の売上げが、リピート客に支えられていることを考えると、非常に大きなプラスです。そもそもピーアークは、本物のエンターテインメントを提供できるアミューズメント産業をめざしている。
── つまり、ギャンブルではない。
── 確かに、新しい価値観ですね。
町田 本田宗一郎さんもこんなことを言っています。
- 需要が、いつも身近にあると想っていたら大間違いだ。需要はいつも我々が新しく発見するものである。
- 満腹した池の鯉には、普通のかたちで餌をやっても食いつかない。精一杯工夫して、食欲を起こさせることだ。だからこそ、商売というのは総力戦になるのである。
- まず商品が良くなければならない。それを販売するにふさわしい組織がなければいけないし、さらにその組織を動かす人間がいなければならない。
- いい商品、いい組織、いいスタッフに恵まれてはじめて販売は成功するものである。そのうちのどれが欠けても、うまくいかない。
- 顧客が望むことに対応しているだけでは、顧客に喜んでもらうことはできない。顧客がこう望むだろうという潜在価値を発掘してこそ、顧客に心から喜んでもらえる。潜在価値の発掘は、指示待ち人間にはできない。ましてやマニュアルなどに頼っていては、需要も潜在価値も発見できようはずがない。いい商品、いい組織、スタッフによる総力戦があってこそ、商売がなりたつ。
町田 ピーアークの庄司さんは、「まだ見ぬ恋人を探せ」という言葉で、需要創出と潜在価値の発掘の大切さを従業員に訴えています。「まだ見ぬ恋人を探す」ことこそが、いまの日本に求められている イノベーションそのものではないかと私は思っています。
■ 関わった人全員がハッピーになれる提案をする
── 不動産業の プリズミックも、従来にはないコンセプトをもった会社だなあと思いました。
町田 そうなんです。かつての賃貸マンションって、安かろう、悪かろうというイメージがつきまとっていましたよね。ところが、プリズミックが提供する賃貸物件は、 デザイナーズマンションです。
── 偶然、プリズミックが手がけた物件が、私の家の近所にあります。本当におしゃれなんですよね。こういう物件を住み替えていくなら、ずっと賃貸住まいという選択肢もありだなと思いました。社長の早川さんは、賃貸業界の"ニューリーダー"エイブルの出身ですよね。
町田 はい。私がエイブルのコンサルティングを担当したときに、知り合いました。ものすごく厳しい人で、私たちが提案する課題に対して、びしびし注文をつけてくる。怖い人でしたよ。でも、本当に賃貸不動産業が好きだからこそ厳しいのだとも思いました。だからコンサルティングも真剣勝負でした。あっ、いつでも真剣勝負していますけどね(笑)。
── 「建築家が建てる家は作品」という言葉に、ちょっと感動しました。
町田 建築家って、実は立場が弱いのです。現地に足を運んで、あれこれ考えて図面を書いたのに、土壇場で銀行の融資が受けられなくて、結局タダ働きをさせられるとか。プリズミックは、建て主に、それが起きないような資金繰りも提案する。言いかえると、建て主(オーナー)も住む人も建築家もプリズミック自身もハッピーになるための提案をしています。
── まさに、Win-Win-Winの関係ですね(笑)。
つづく
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