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産業としてのベンチャーキャピタル−私のベンチャーキャピタリスト論−
齋藤篤 著
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目覚しい発展を遂げ経済に活性を与える可能性のある新企業に対し、企業立ち上げのリスクを背負って投資育成をするベンチャーキャピタル(VC)。そのVCビジネスについて学問的・実務的両視点から解説する。 本書では、著者が共に仕事をし、指導、支援を受けた人々を紹介しながら、ベンチャーキャピタリスト論を展開する。 ※本書は「産業としてのベンチャーキャピタル 全セット」の第四部のみを収録しています。 |
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第一章 社会が必要とする道は拓かれる ──北裏喜一郎と今原禎治── 日本で金融機関を中心にSBICモデルで投資会社が作られたが、うまく業務の拡大が進まなかった頃、日本合同ファイナンス(現ジャフコ)社長を任じられた今原禎治は、LPSモデルへの転換をする以外に事業を発展させる道がないとして、米国のこの方法を日本に導入することを決断した。合弁会社としてジャフコを設立した当時野村證券会長の北裏喜一郎が当初これに反対した。北裏は、戦前の投資信託の開発運営、戦後の投資信託法の立法後の運営で、法律論とは別に、預託されたお金を運用する事業を経営する立場から、額面割れ投資信託の償還問題に苦労したので、同様な事業を始めたら将来どこかで大変な経営負担を負うことが起こりうることを指摘し、反対した。今原と同席して北裏の説得に努めていた私に対して、投資信託の額面割れの状況下で投資信託部長を務め、投資信託の事業の本質を最も理解しているはずの齋藤君が何を言い出すのかと叱り、米国への調査・研究出張も禁止するという厳しさであった。 今原はジャフコの創業者北裏の強い反対にもくじけず、これ以外に日本のベンチャーキャピタルが事業として発展する道はないという固い信念で、北裏の周辺の有力者にも説明を行ない、北裏に何回も説得を続けた。 北裏はついに条件付で了解してくれた。条件は、「日本の法律で日本で作ること。外国での投資家と同じように、日本の投資家に加入してもらえるものであること」であった。 日本の投資信託法や信託業法を知らないはずのない北裏のこの条件は、日本では常識的な方法ではできないことを承知していたはずである。私は、海外のオフショアーで米国Limited Partnership法に準拠して作ることを考えていた。 にも拘わらず北裏は、明治以来の日本の金融制度はすべて先進国を見習って作ったもので、日本に真に必要なものはそのようにして生まれ、日本に定着した。保険、信託、すべてそうであった。ベンチャーキャピタルもそうなら同じようにやってみてください、というものであった。私には、ほとんど不可能と思われる条件であった。今原は大変喜び、私の苦悩を知ってか知らずか、ただちに米国へ調査に行って道を探せ、と命じたのである。 ボストン、ニューヨーク、ワシントンのベンチャーキャピタル会社、ベンチャーキャピタリスト、ベンチャーキャピタルの関連周辺業務を行なっている人々、数十名におよぶ面接ヒヤリング調査を二〇日間位続けた。そしてひょっとしたら民法による任意組合を利用することで道が拓けるかもしれない、という思いで帰国した。帰国後直ちに、太田昭和監査法人の山本清次先生と、濱田松本法律事務所の松本啓二先生に意見を聞き、民法上の任意組合による投資事業組合契約の骨子を固めた。 日本は当時、各種の金融業務が金融業法により免許制または登録制によって行なわれていたので、業法によらないベンチャーキャピタルという金融業が成立するのかどうか、私の考えた組合契約で各種の金融業法に違反しないかどうか金融官庁に一件一件確認に歩き、修正を行ない、道が拓かれる可能性を確信した。 そこで、ボストンにあるペインウエバー証券会社の関連会社であるアンバーサンドというベンチャーキャピタルの御好意により、そのLPS契約をベースに専門家に契約書案のリファーをお願いした。ほとんどの問題が解決し、最後に残ったのは、国税当局の税務の取り扱いについての承認合意であった。 これらの折衝の途中で発生する障害に対し今原は、「これは日本の国にとって必要なものであり、時代の流れは我々を後押ししてくれている。だから、あるべき道を妥協せず、関係者に理解して協力してもらい解決方法を作れ」と終始一貫して私の尻を叩き激励したものである。 |
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