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不屈の楽音−橘逸勢真伝−
風柳祐生子 著
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橘逸勢、空海、嵯峨天皇で「三筆」と称される。能書家であるしそれでもよいのだが、橘逸勢、この人は楽音家《がくおんか》なのである。当時、楽音は奏じ終えたら消える一回性のものだったので、楽音家としての逸勢は時の流れに埋没した。ただその死生が、奏でられた一編の楽の音《ね》として時空に漂う。「たとえ私が帝の御為《おんため》に楽音《がくおん》を奏すといえども、楽音は帝のものにならず。奏でられた楽音は何人《なんびと》にもとらわれることなく、無限と共鳴してどこまでも響きゆく」。 美形一族、橘の子、逸勢。遣唐使として空海とともに長安を経験し、帰国して嵯峨帝の蔵人となり、楽制改革に着手した。しかし承和の変で謀反容疑で逮捕。逸勢、不拷掠服(拷問に屈せず)。その最期をもって逸勢は伝説へと飛翔する。 |
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二日間の糾問《きゅうもん》で自白しないと、三日目には拷問がある。 大化改新以後の律令で、火攻め水攻め、股裂きなど、人が聞いて、むごたらしい拷問は禁止された。 けれど、本人が受けて、むごたらしくないわけではない。 杖拷《じょうごう》である。 杖《じょう》、継ぎ目のない三尺五寸の木の棒で、背中十五回、尻十五回、計三十回打つ。 数を間違えると違法になるので、刑部省の役人が一打ごとに数えながら行う。 この緩慢さがまたきつい。 バシッ、とやられると、当然、そこがたちどころに腫れる。 腫れた場所は、触っただけでも猛烈に痛いという状態になる。 その同じ場所を、同じ力で十五回だ。 まさしく拷問である。 あいだに糾問が入る。 何回か打たれて打撃が止み、糾問され、自白せず、では杖打再開、「やれ」となり、杖が再び振りあげられると、たいがいそこで被拷問者は気持ちがポキリと折れて「待った」と、叫び、自白となる。 罪を犯していようといなかろうと。 また、打たれ続けた場所は、打撲をとおり越して組織座滅になる。 挫滅した部位は、挫滅によって腐った血を体内に循環させてしまう。 そうなったら、たとえ計三十回の杖打を耐えたとしても、よほど体力のある者でない限り、現代医学をもって人工透析できれいな血を循環させでもしなければまず助からない。 そしてこの拷問は、二十日間の間隔を置いて三回まで行うことができる。 杖下《じょうか》に死す。 拷問死のこと。 緩慢に死んだも者も含めて、それは多々、いる。 過去の、早良親王の事件でも伊豫親王の事件でも何人も死んだ。 さらにその前の橘奈良麻呂《たちばなのならまろ》の乱のときも、廃太子となった道祖《ふなど》王と、黄文王、鹽《しお》焼王、大伴、小野ら十数人もの人間が拷問の杖下に死している。 通常犯罪では、僧侶、五位以上の高官位者とその子弟、病人、七十歳以上十六歳以下、妊娠中か産後百日以内の女性は拷問してはならないと定められている。 けれど謀反などの国事犯罪の容疑者はこの限りではない。 ということは、国事犯の容疑をかければ誰でも拷問できる。 本日これから杖拷を受ける人も、その国事犯罪容疑者だった。 拷問実行者の下役、担当の刑部卿、そしてその上の、重大事件なので特別に担当になった太政官まで、拷問する側が緊張していた。 まもなく刑場(拷問場と同じ)へ引き出される人は、橘奈良麻呂の孫で、名門橘氏の星、橘逸勢《たちばなのはやなり》、大唐への留学経験を持つ当代の楽音家、キツイッセイなのである。 日付、承和九年(842)、猛暑の陰暦七月二十日。 『承和の変』の真っ最中である。 * 橘逸勢、空海、嵯峨天皇で「三筆」と称される。 能書家であるし、それでもよいのだが、たちばなのはやなり、音《おん》でキツイッセイ、この人は楽音家《がくおんか》なのである。 charisma《カリスマ》(天の恩寵)を持ったミュージッシャンである。 当時、CDも録音テープもなく、五線紙に音符で書かれた譜面なく、音律を漢字でしるすのみだっので、楽音は、奏じ終えたら消える一回性のものだった。それで楽音家としての逸勢《イッセイ》は、時の流れにまたたくまに埋没した。 ただその死生が、奏でられた一片の楽の音《ね》として時空に漂う。 「たとえ私が帝の御為《おんため》に楽音《がくおん》を奏すといえども、楽音は帝のものにならず。 奏でられた楽音は何人《なんびと》にもとらわれることなく、無限と共鳴してどこまでも響きゆく」 |
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