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『百年の誤読 海外文学篇』
『百年の誤読 海外文学篇』刊行記念トークショー
岡野宏文×豊崎由美 ゲスト:鴻巣友季子
2008年3月1日(土)青山ブックセンター
書籍DATA
『百年の誤読 海外文学編』

岡野 宏文
豊崎由美 共著
四六判・410ページ
ISBN978-4-7572-1456-9
定価1,680円
 
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 チェーホフの『三人姉妹』、プルーストの『失われた時を求めて』、ヘミングウェイの『誰がために鐘は鳴る』、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』などなど、20世紀に発表された世界の名作文学100タイトルを、希代の本読み2人が徹底分析し、その真価を問い直す!大胆不敵&痛快至極の文学対談エンターテインメント再び!「ダ・ヴィンチ」の人気連載を大幅に加筆し待望の書籍化!
 

古典的な名作を「新刊」として読む

豊崎 今日は『百年の誤読 海外文学篇』刊行記念トークショーということで、翻訳家の鴻巣友季子さんをお招きして、海外文学の魅力についてお話ししていきたいと思います。

岡野 鴻巣さん、よろしくお願いします。

鴻巣 こんにちは、鴻巣です。私事で恐縮なんですが、ちょうど昨日、ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』の新訳作業が終わったところで、本当にぼーっとしています。暗い森をたった今抜けてきて、明るい野原に出ちゃってどうしようといった感じで……。ですので今日はおふたりの足手まといになると思うんですが、よろしくお願いします。

豊崎 『百年の誤読 海外文学篇』、いかがでしたか?

鴻巣 高尚ですよね。すごくハイブラウ。

岡野 100作のセレクションが、豊崎くんだからね。僕はもっとダメダメな『ダ・ヴィンチ・コード』とかさ、あれ風のを入れたかったんだけど。

豊崎 わたしが全部を選んだわけじゃないじゃん。

岡野 でも、「これが入ってないとだめだよー」とか言ってたよ(笑)。

鴻巣 セレクションというよりも、おふたりの読み方がさすがというか、付箋貼りまくりでした。

豊崎 読みが浅くないですか?

鴻巣 とんでもないですよ。豊崎さんは、軽い口調でしゃべっているんだけど、突然、「意識の流れの手法にしたって、ヴァージニア・ウルフのそれとヘンリー・ジェイムズのそれとジョイスのそれとじゃ、やっぱり違う」って言ったりしている。そんなこと言われたら、英米文学の翻訳家は立つ瀬がない。怖いなと思いました。

豊崎 ほめていただきましたよ。

岡野 僕のことはほめてもらってないよ(笑)。

豊崎 じゃあ、岡野さんのことも(笑)。

鴻巣 岡野さんは、演劇をたくさんごらんになっているということもあると思うんですけど、舞台的な把握をしますよね。例えば『ロリータ』で、主人公のハンバートがロリータという小悪魔にもてあそばれて、呆然として建物から出てくるシーン。最初は普通に歩いているんだけど、頭はロリータのことでいっぱいで、見るもの見るものがクロースアップで見えくるという場面があるんですけど、そういうところに焦点を当てて、「文章のスピードがどんどん下がっていく」とか、文学的な「動体視力」のない人には言えないようなことが、さらっと出てくるんです。

豊崎 そうそう。内輪ぼめになっちゃってなんですけど、岡野さんはわたしよりも読みが深いんですよ。わたしとは全然違う視点で読んでいる。

鴻巣 オー・ヘンリの『最後の一葉』の解釈にも感心しました。最後におじいちゃんが死んじゃうのは、これからは葉っぱをリアリズムで描くだけではだめなんだ、そういうメタファーなんだという読み。

岡野 我ながらインチキだよねー(笑)。

鴻巣 いやいや、鋭い読み替えだと思いました。

豊崎 でも、わたしたちコンビは、原作ファンの人が読んだらすごく怒るようなことも平気で言っていますよね。例えば、ジャック・ケルアックの『路上』とか。「今現在においては、おバカさんにしか読めない代物だと思います」とか言っているし(笑)。暴言も暴言、大暴言です[*註:しかし、この蒙昧も河出書房新社から出ている世界文学全集に収められた青山南による新訳『オン・ザ・ロード』によって正されることになりました。……いや、傑作です。ごめんなさい、ケルアックさん(豊)]。

鴻巣 いわゆる名作と言われている作品にも、斟酌(しんしゃく)しないですよね。わたしはそういう「古典新刊批評」みたいなのをやったらいいんじゃないかなと、ずっと思っていたんです。今、古典新訳がたくさん出ていますけど、それを紹介するときに、つい最近出た新刊として真っ向から書評する「古典新刊批評」。『百年の誤読』は、それに近いと思ったんです。「100年前に書かれたんだから、こういう部分はしょうがない」みたいなことはいっさい言わない。

豊崎 それは、わたしたちが物を知らないからできるんですよ。文学史に対する無知。わたしたちがもし文学研究者だったら言えないことはいっぱいあったと思います。

岡野 そ、俺たちイノセントなの(笑)。

鴻巣 英語で言い換えるとすごくいい感じになりますね(笑)。

豊崎 そんないいもんじゃありません。無知の涙ですよ。(お客さんに向かって)皆さんも、好きな作品がけなされていても怒っちゃだめですよ。「バカが何か言ってるなー」くらいに思ってください。まえがきの「百年への船出にあたって」というとこで書きましたけど、岡野さんとわたしがけなしているからって、必ずしも駄作ってわけじゃありません。

鴻巣 逆にめちゃくちゃけなしているから読みたくなったものもありますよ、『どん底』とか(笑)。



海外文学を読む喜びは「奇妙な違和感」

豊崎 鴻巣さんは、翻訳の仕事をしていらっしゃるので、当然こどものころから海外文学がお好きだったわけですよね。

鴻巣 やっぱり翻訳ものばかり読んでいましたね。

豊崎 日本の小説を読む喜びと海外の小説を読む喜びの違いは、どこにあると思われますか?

鴻巣 海外小説には、日本語の発想ではありえないことが書いてある。海外小説を読む喜びは、そういう奇妙な違和感に尽きるんじゃないかと思います。

豊崎 最初に読んだ海外文学って覚えていらっしゃいますか?

鴻巣 偕成社から出ていた少年少女世界文学全集が最初だったと思います。スタンダールの『赤と黒』とか。

豊崎 岡野さんは?

岡野 小学校のときに、こども版の『アラビアンナイト』を読んだのが最初だったと思う。兄貴の本だったんだけど、僕が横取りして読んでた。

豊崎 なるほど。先ほど鴻巣さんは「奇妙な違和感」とおっしゃいましたが、70年代ぐらいまでの日本人の生活って今ほど海外製品に支配されてなくて、たとえばマドレーヌが出てきたら「いったいどんなおいしいお菓子なんだろう?」って首をひねったわけですよね。

鴻巣 ジンジャーブレッドなんて、ほんのちょっと前までは「ショウガ入りパン」と訳されていましたね。

豊崎 「ショウガ入りパン」と書かれると、子供心にまずそうですよね。

鴻巣 でも、『赤毛のアン』とかに出てくる「ショウガ入りパン」は、とてもおいしいものとして書かれているわけです。なんだか変だなあ、と。そういう違和感というか納得できないところが、むしろ吸引力になっていったんだと思います。

豊崎 たぶん海外文学好きな人は、そういう驚きや違和感を覚えたいんじゃないかと思うんです。でも、今売れてる小説はそうじゃなくて、共感が得られるタイプの作品ばかりでしょ。そこがわたしには不思議でならなくて。頭からケツまで「わかるわかる」なんて物語ばかり読んでて何が面白いのか。世界のナベアツだって3の倍数と3がつく数字のときしかバカにならないのに(笑)。ところで、「わたし、海外文学は絶対読みません」という人に「なんで?」って訊くと、理由が主に2つ挙がってくるんですよ。ひとつはは片仮名が嫌い。登場人物の名前を覚えられない。もうひとつは「知らないことが出てくるから嫌だ」と言うんです。生活習慣とか、地名とか。

鴻巣 海外文学が好きな人とは、感覚がまるっきり逆なんですね。

豊崎 そうなんですよ。ちなみに、かつて海外文学を出している各出版社の編集者に取材したことがあるんですけど、どの編集者も「海外文学のコアな読者層は3000人ぐらい」と答えたのが印象的で。で、その3000人の構成を考えた場合、おそらくは年配の人が多いでしょうから、年々歳々その数は減っていくわけですよ。だから、われわれ中高年は若年層に向かって海外文学の面白さを啓蒙し、新しい3000人候補をスカウトしていかなくちゃいけない。

鴻巣 引きずり込む、ぐらいの気合いが必要かもしれないですね(笑)。



「泣ける小説」と「笑える小説」

豊崎 わたしは純文学も読めばエンタメも読む、日本の小説も読めば海外文学も読むという雑読系ですから、ブックレビューする際には掲載媒体によっては読者の共感を呼びやすい、違和感があまりない小説を推薦するときもあります。でも、そういうときだって、ただ泣けるから感動できるからという理由だけでは取り上げません。文体が面白いとか、語り口にテクニックがあるとか、そういう付加価値のある作品を挙げるようつとめています。小学館からたくさん出てる恋人が死んで悲しいみたいな小説は、わたしにとっては少しも面白くない。どうして、みんな本を読んで泣きたいのかなあ。ストレス解消? 魂の浄化?(笑)

鴻巣 それこそ古来からの考え方で、悲劇のほうが上等だみたいな考えがあるのかしら?

豊崎 こんなにお笑い番組や芸人が人気のあるのに、日本てなぜか小説における笑いは評価しないんですよね。

鴻巣 ジェイムズ・ジョイスは、「悲しみというのは心を揺する“カイネティック”(動的)なものだ」と言っています。彼が芸術の最上位におくのは、「心がひたと静止する“スタティック”(静的)なもの」なんですね。涙というのは、心を静止させるんじゃなくて揺する。一方、笑った後には最終的に心がすっと静かになるでしょう。だから、笑いのほうが上等なものなんです(笑)。

豊崎 さすがジョイス、いいこと言いますねえ。

岡野 僕らが読んだ『薔薇の名前』にも、そういう話がありましたね。あの時代は、悲劇が最も崇高なるものだという考え方があった。

鴻巣 だけど昔の人は、笑いの力を知っていた。笑いというのは超自然的なものを解いてしまう。だから、教会は笑いを禁じたというのが『薔薇の名前』なんですよね。

岡野 そうそう。超自然的なものを解くと、超不自然なもの、つまり権威とか決まり事とかさ、そういうのが解体しちゃうから。

豊崎 泣くということで言えば、誰でも家族や恋人や友人が死ねば悲しいし、犬や猫がひどい目にあえば悲しい。悲しみのツボなんて単純なんですよ。共通基盤がしっかりある。はっきり言って、バカでも涙くらい流せるわけですよ。だから人を泣かせる文章を書くのは、ものすごく楽。でも、笑いには、そういう共通基盤がほとんどない。たとえば、今やバナナの皮で滑って転ぶ人を見た人が全員笑うわけじゃないでしょ。そういうベタを嫌う人もいるわけで、笑いのツボは人それぞれなんです。比喩を使ってそれを笑いに昇華させる場合、その比喩自体を知らない人には作者の笑いの仕掛けが効かないわけです。

鴻巣 笑いは高度な文化だということですね。

豊崎 そう。知性でもあり、教養でもある。日本ではなかなかコミックノベルの評価が高まっていかないんですけど、例えば田辺聖子さんのような作家の評価は、もっとあってしかるべきなんじゃないでしょうか。笑いが小説にとってとても大事な要素なんだということは、海外文学を読んでいて強く感じます。たとえば、名作と言われるものを再読してみると、昔読んでわからなかった“くすぐりどころ”が今になってようやくわかるという経験をします。つまり、かつてのわたしにはその仕掛けが理解できなかったわけです。

鴻巣 そうそう。『嵐が丘』もずっと悲劇と言われていたけど、悲劇一辺倒なのはおかしいなと思って、新訳ではコメディーの要素を入れたんです。

豊崎 鴻巣訳の『嵐が丘』では、笑いの要素を強調するほか、世代間の話し方を変える工夫もなさってますよね。これまで『嵐が丘』は、キャサリンとヒースクリフの恋愛ばかりに焦点が当てられがちでしたが、もうひとつ、その下の世代のねじれた恋愛のファクターもある。ふたつの恋愛が呼応しあう構造になっている作品なのに、鴻巣さん以前の訳はしゃべり方がみんな一緒だから、すごく読みにくかった。読者にとって訳文は、読解の助けとなるすごく重要な要素なんだということがよくわかる新訳になってると思いました。



「新訳」は、それを受容できる読者がいるから成立する

岡野 たぶん鴻巣さんが訳された『嵐が丘』も、50年後に新しい人が訳し直すということがあると思うんですけど、新訳をすることにどんな意味があると考えてらしゃいますか?

鴻巣 わたしは「訳し直し」という言葉を使うのはやめているんです。「訳し直し」とか「訳し改め」とか「改訳」じゃなくて、「新訳」とか「再訳」とか「訳し重ね」と言っています。要するに新訳というのは、訳者が変えているんじゃないんです。変えているのは、読者のほうなんです。わたしは『嵐が丘』を、コメディーという今までとはまったく違う目線で訳しました。そのときに、なぜ新訳が成立するかというと、それは訳者ではなく、それを受容できる力が読者がいるからだということを強く申し上げたいんですね。

岡野 読み手も創り手であると。

鴻巣 デイヴィッド・ロッジの『小さな世界』に、こんなことが書かれているんです。「シェイクスピアがT・S・エリオットという20世紀の詩人に影響を与えていると普通は言うんだけど、いやいや、僕はそうじゃないと思う。T・S・エリオットのほうがシェイクスピアに今や影響を与えているんだ」と。わたしはまさにそうだと思っています。

豊崎 具体的にはどういうことでしょう?

鴻巣 例えば、『嵐が丘』を1回も読んだことないけど、小さいころから『ガラスの仮面』を読んできた人はたくさんいる。『嵐が丘』の翻案ドラマ、『愛の嵐』を見たことがある人もたくさんいる。「自分にとっての『嵐が丘』は、『ガラスの仮面』や『愛の嵐』で読んだり見たりしたものなんだけど、じゃあ本当はどういう話なの?」という形で原作を読んでくれればいいわけです。その人が『ガラスの仮面』を読んだ目で『嵐が丘』を読めば、その人の脳内では『ガラスの仮面』が『嵐が丘』に影響を与えている。そうやって「読み」というのは少しずつ熟成していくんですね。訳者1人が改めたり、直したりできるものじゃないんですよ。

豊崎 なるほど、それは興味深い考察ですね。

鴻巣 ある意味、新訳というのは、老舗の身代を継ぐようなものなんです。老舗の呉服店とか和菓子屋さんに固定客がいるように、『嵐が丘』なら『嵐が丘』、『戦争と平和』なら『戦争と平和』のお客さんがある程度いる。また、『嵐が丘』のひいき筋だけでなく、あんなものは認めんというアンチもいたり、いろんな人がいるなかで、ごちゃごちゃになって出来上がっているのが、「読者の読みの下地」なんです。そういうことを考えると、とても自分1人で訳しているとは思えないですよ。

豊崎 鴻巣さん自身が、生まれてからこれまで聞いたり読んだりして、自分の滋養にしてきた日本語というのもあるわけですよね。

鴻巣 そうそう。昔読んだ阿部知二訳の『嵐が丘』だけじゃなくて、あらゆる言葉に影響を受けている。今日、豊崎さん、岡野さんとしゃべって、おふたりからも影響を受けているわけですから、わたしがこれから訳すものには、少しだけ豊崎さんと岡野さんが入るんです。それは間違いない。

岡野 それは、現代の普遍的な言語感覚みたいなものに翻訳者が開かれてないと、訳すことができないということですか?

鴻巣 今、すごく高尚なことを言われて焦ったんですけど、要するにそういうことですね。で、すごく大げさな言い方をすると、新訳って地球規模で起きている出来事なんです。ですからわたしとしては、新訳とは「訳し直し」じゃなくて「訳し重ね」だという感じがしてならないんです。

豊崎 例えば『嵐が丘』の訳は、日本語訳だけでも10作近くありますよね。その中に、鴻巣友季子の読みがもう1つ重なる。その行為によって、『嵐が丘』という名作が更新されていくんだとわたしは思うんです。更新されて生き延びていく。次世代に手渡されていく。そこにはもちろん訳者だけじゃなくて、読者による読みの更新も加わりながら、100年後へとつながっていくんでしょうね。

岡野 そうだね。日本文学では、たとえば『舞姫』をいろんな人が現代語訳することってあんまりないし、『夢十夜・昭和版』『夢十夜・平成版』とか訳し重ねられることってめったにないでしょ。『源氏物語』とか、あそこまでくると別だけど。だからこういう翻訳、新訳の妙っていうのは海外文学のひとつの際だった楽しみ、醍醐味とも言えるよね。

鴻巣 読みの土壌というのは、糠床みたいだなと思います。ちょっとずつ酵母を加えて何十年も使うことで、糠床はだんだんいいものになっていきますよね。糠床って1つ1つが全部違っていて、同じものはないと言いますし。

豊崎 今回、20世紀の名作100冊読んできて思ったのが、鴻巣さんがおっしゃった「訳し重ね」がいかに大切かということです。今、光文社の古典新訳文庫が好評で、新訳の気運が高まっていますが、この流れを途絶えさせちゃいけない。現代文学だけじゃなくて古典の新訳も翻訳家の皆さんに競ってやっていただきたいというのが、3000人の海外文学ファンの願いだとわたしは思います。(了)


構成・斉藤雅子


著者PROFILE
岡野宏文 : クリティカル・エンターテイナー 1955年生まれ
演劇雑誌の編集長を経て独立。「せりふの時代」「劇の宇宙」「サファリ」「J-COM」「スカイパーフェクトTVガイド」などの雑誌に書評・劇評を連載。著書に、国内外の戯曲20本を詳しく紹介した『高校生のための上演作品ガイド』(白水社)、20世紀の日本のベストセラーを俎上に載せ豊崎由美氏と語り尽くした本書の国内篇にあたる『百年の誤読』(ぴあ)などがある。
豊崎由美 : ライター 1961年生まれ
GINZA」「本の雑誌」「TV Bros.」「文藝」などで書評を多数連載。著書に、書評集『そんなに読んで、どうするの?』『どれだけ読めば、気がすむの?』(以上アスペクト)、日本の文学賞を大森望氏と徹底検証し話題となっている『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(PARCO出版)、本書の国内篇で岡野宏文氏との共著『百年の誤読』(ぴあ)などがある。通称「トヨザキ社長」。
鴻巣友季子 : 英語文学翻訳家
2003年、E・ブロンテ『嵐が丘』(新潮文庫)の新訳が話題に。他の訳書にJ・M・クッツェー『恥辱』(ハヤカワepi文庫)など多数。著書に『明治大正 翻訳ワンダーランド』(新潮新書)『やみくも 翻訳家、穴に落ちる』など。近刊は子育て文学エッセイ集『孕むことば』(マガジンハウス)。

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